彼女の写真を通して、自分の心の中を見つめなおす。
Culture 2023.01.04
『やまなみ』
胸が震える、ということが、たまにある。うっかり、その人の純粋さを見てしまったとき。うっかり、その人の正直さに触れてしまったとき。うっかり、その人の透明さを感じてしまったとき。だけど、そのうっかりが、うっかりそのまま通りすぎてしまわないように、彼女はその目で見つめていて。だからその一瞬はいつも儚い。儚くて、壊れそうで、美しい。
サッポロ一番 しょうゆ味の袋に隠された謎。無数のお地蔵さん。カラフルな絵と白と黒の絵。つないだ手。作品を生み出す手。それでもって笑顔。この写真集にあるアートセンター&障害者福祉施設「やまなみ工房」の人々や彼らの作品は、そんな純粋さと正直さと透明さにあふれていて、不思議なほど温かい時間が流れている。それは、まれにみる世界で、唯一無二。
「やまなみは、自分が自分であるだけでいい、と教えてもらえる場所」だと彼女は言う。わかってる。私たち、それが一番ムズカシイ。いつもいつも自分勝手にいっぱい比べて、いっぱい悔しい。もやもやしたたくさんの嫌な気持ち。これをしないと嫌われる。あれをしないと次がない。評価されるのはどっちかな、お金になるのはどっちかな、とか。そんな闇に飲み込まれてしまうから、たまに本当のことを教えてもらわないと、苦しくてたまらなくなる。
彼女はやまなみの人々に教えてもらい、彼女の写真を通して、私たちも教えてもらう。何かを創作するのに、嫌な思いは何一つ必要ではないってこと。自分の心の中を見つめなおす。
彼女の胸の震えを感じ取る。零れ落ちそうなその一瞬をすくい取って、私たちに見せてくれる。
創作するのに一番大切なこと。私は私であるだけでいいのだと。自分の中の宇宙を確認する。そうして人とつながっていく。
代表作に『かもめ食堂』(2006年)、『めがね』(07年)、『トイレット』(10年)、『レンタネコ』(12年)、『彼らが本気で編むときは、』(17年)。今年は自身の小説を映画化した『川っぺりムコリッタ』が公開予定。
*「フィガロジャポン」2022年5月号より抜粋
text : Naoko Ogigami