桜舞う春の日、映画館に出かけよう! 今月の映画3選。
Culture 2023.04.01
終末感漂う5日間が反転し、娘を白い浜へ誘う創生記に。
『ザ・ホエール』
原点は受賞数多の舞台劇。妻や娘との別れを代償に選んだ恋人が逝き、過食に陥った文学講師チャーリーは、心不全を押して自宅にこもる。縁薄かった17歳の娘に捧げるその最期の5日間が白熱の対話劇に。怒れる娘エリーはクジラ型に膨張した父と斬り合わずば、世界は滅ぶという威勢。怒れるエイハブ船長が、「白鯨」と対決するメルヴィルの長編小説に似る。神話的海洋冒険譚にクジラへの博識や哲理を畳んだこの奇態な名著の読解に、娘を救い出すカギが……。父が催すオンライン文章講座を伏線に、映画化困難なそのカギをこじ開けた才人の作劇に胸が震える。『ハムナプトラ』のブレンダン・フレイザーが情け深い心を巨体に包み、今春の米アカデミー賞主演男優賞にノミネート。
監督/ダーレン・アロノフスキー
2022年、アメリカ映画 117分
配給/キノフィルムズ
4月7日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開
https://whale-movie.jp
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少年期の無二の時間が輝く、渾身のジュブナイル群像劇。
『雑魚どもよ、大志を抱け!』
新6年生の瞬は塾通いを勧める母と揉めた末、2階の部屋から屋根伝いに脱走。頼れる親友と合流し、虚弱児のトカゲや不登校児の正太郎を自転車で拾って遊ぶ。脚本家の足立紳は今秋のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」も控える苦労人のヒットメーカーだ。本作では師・相米慎二監督譲りの粘っこい演出力が全面開花。ガキ大将は独特の繊細さを秘め、弱虫は彼なりの知恵と意地を持つ。上下関係なく友愛で繋がった悪童仲間の危機を知りつつ、クールを気取って目を背けてきた自分の臆病と、いつ瞬は向き合うのか? 暴走と逡巡が初々しく脈打つ中、その瞬間をジャニーズJr.の池川侑希弥が体現。昭和末期の面影を宿す飛騨市の風光と走る列車が、少年期の終焉を告げて涙を誘う。
監督・原作・共同脚本/足立 紳
2022年、日本映画 145分
配給/東映ビデオ
3月24日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
https://zakodomoyo-movie.jp
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犯罪サスペンスの絶頂から、男社会の芯に迫る女性映画。
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
北欧ミステリーの彗星的監督が、出身国イランの古都マシュハドで2001年に起きた連続殺人事件を着想源に、また戦慄の逸品を世に問う。通称スパイダー・キラーは愉快犯の典型ではない。1980年代のイラン・イラク戦争で殉死できなかった心の空洞を埋めるように、聖なる街の浄化を神から託されたと信じ込む。街娼を標的にする粛々たる使命感と、瞬時に浮かぶ倒錯的快楽の気配。実は目立たず冴えない市井の父親と知れるや、官民とも彼に無実のエールを送る。父権と女性蔑視が巣を張る聖地のダークサイドが緊迫ムードに滲み出る、凄絶なリアリティ。危険な潜入取材に臨む女性記者を亡命イラン人女優ザーラ・アミール・エブラヒミが演じ、カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。
監督・共同脚本・プロデューサー/アリ・アッバシ
2022年、デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス映画 118分
配給/ギャガ
4月14日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開
https://gaga.ne.jp/seichikumo
*「フィガロジャポン」2023年5月号より抜粋
text: Takashi Goto