Paul Smith 英国が生んだ色彩の魔術師が、ピカソ展をディレクション。

Culture 2023.04.10

PROMOTION

ピカソの没後50周年を迎えた今年、パリの国立ピカソ美術館は、その所蔵作品展示のアートディレクションを、ポール・スミスの手に委ねた。英国のデザイナーが、スペインの巨匠の傑作を演出し、ポップに響き合う。展覧会のオープンを数日後に控えたポール・スミスに、フランスの「フィガロ」誌が話をきいた。

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3393.jpg

展覧会のアートディレクションを手がけたポール・スミスと、パリ国立ピカソ美術館館長のセシル・ドゥブレ。1930年代にピカソが多用したストライプのモチーフの肖像画の展示室の壁は、ブルー、レッド、グリーン、イエローのストライプ。壁の作品は『読書』(1932年)
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

17世紀の邸宅が、ポップな色彩に包まれた。ピンク、ブルー、グリーン、白とイエローやレッドのストライプ。展示フロアを繋ぐ廊下までが、マルチカラーのストライプに彩られている。色だけではない。最初の展示室では、『雄牛の頭部』の対面の壁に、自転車のサドルがずらりと並ぶ。ブルトンTシャツを大量に吊るした部屋があり、ユニークピースと題した部屋では、12点のピカソの陶芸作品が、壁を覆う大量生産の白い皿の中心に展示される。

ユーモアと色彩に満ちた空間デザインが、20世紀最大の芸術家の傑作と見学者の距離をぐっと近づけている。パリの国立ピカソ美術館が、新たに所蔵作品展示のアートディレクションを、英国人デザイナー、ポール・スミスに一任。美術館が所蔵するアイコニックな名作に、ファンタジーと遊び心、演劇的センスをもたらした。

---fadeinpager---

ポップなコントラスト。

ポール・スミスは比類のないカラリストだ。
力強い声、あふれるエネルギー、長身のシルエット、根っからの自転車愛好家にふさわしい若者のようなすらりとした体型。イメージを追い求めてさすらうように人生を渡り歩いてきた自称独学者。76歳のポール・スミスは、パリ国立ピカソ美術館の展示室を嵐のように闊歩する。クラシックとファンタジー、厳格さとカジュアル、伝統と創造を融合する、実にイギリス的な感性をもったファッションデザイナー。彼のアイデアが、各展示室の色彩とフォルムに生きている。すべての展示室でその個性が存分に発揮され、ペシミズムの立ち入る余地は一切ない。

同館が所蔵する至宝の作品群とポール・スミスの春らしい色合いが生むポップなコントラストは、不思議なことに、アンダルシア出身の巨匠ピカソの魅力を存分に際立たせている。特に、強い色彩を用いた後期作品の造形的大胆さと若々しさが、ここで本来の生き生きした表情を取り戻しているのだ。失読症であることを公言するポール・スミスは、学者たちの論文や歴史的知識(作品分析は同館の専門家たちに任されている)よりも作品そのものに関心を向け、それぞれの作品のテーマをしっかりと捉えながらも軽やかに今回のプロジェクトに取り組んだ。まるで、子どもがデッサンに挑むように。

1973年4月8日に亡くなったピカソの没後50周年。その幕開けを飾る、この上ない偶像破壊的手法。そこから生まれたのは、バイタリティと遊び心に満ちた、同時に教育的な展覧会だ。というのも、「ザ・ボス」の異名を持つパリ国立ピカソ美術館館長セシル・ドゥブレは、現在オランジュリー美術館で開催中の展覧会『マティス:カイエ・ダール、1930年代の転換点』を手がけており、そこでも見せているように、美術史を再読する繊細な手法をここでも十分に発揮しているからだ。

ピカソのフランス、ファッションと創造的大胆さのイギリス……。展示空間を取り成すため、形式と内容、歴史的厳密さと作品自体が持つパワーとのせめぎ合い。それらを巡ってふたりは時に濃厚な議論を白熱させ、やがて気心の知れた、誠実な関係が出来上がった。その努力の甲斐はあった。『Picasso Celebration: The Collection In A New Light!』と題されたパリ国立ピカソ美術館の展覧会は、タイトル「In A New Light」が示すように、これまでにない新しい視点で表現されながらも時系列に沿った教育的なものとなった。堅苦しいイメージを払拭し、美術館に近寄りがたいイメージを持つ若い世代を呼び込むのが狙いだ。

---fadeinpager---

実にイギリス的なパレット。

「Classic with a twist(ひねりのあるクラシック)」。誰もが抗えない魅力を持ったデザイナーは言う。自然体であると同時に謙虚で、そして気まぐれなところもある。見上げるほどの長身の彼は、「Hi! I’m Paul」と私たちを温かく迎えてくれた。彼はロンドンの自分の店でも同じように、その気取りのなさで訪れる人々を魅了している。彼の芸術観には、率直さと明快さ、すなわち、本人の人柄に通じるものがある。美術館のコード(慣例)から遠く離れた自由な雰囲気がある。

壁を飾るのは、『アルルカンに扮したパウロ』(1924年)の衣装と同じ菱形模様や、『ピエロに扮したパウロ』(1925年)の衣装から借用した淡くきらめくポンポンを模した水玉模様。ストライプ状に組み合わされた壁紙が連想させるのは、アヴァンギャルド時代のコラージュ作品『藤張りの椅子のある静物』(1912年)や、複数のモチーフを重ね合わせる技法、そして『椅子に座るオルガ』(1918年)で描かれているような、ピカソのパリでのブルジョア的生活の時期だ。

そして、ポール・スミスの象徴であるストライプ。夢見心地のマリー=テレーズ『読書』(1932年)や、後に『泣く女』へと展開する『ドラ・マールの肖像』(1937年)には縦縞、『座る老人』(1971年)や『座る少女』(1970年)には横のストライプを合わせている。

用いている色彩は実にイギリス的。たとえば、有名な1901年の『自画像』や青の時代の悲痛な作品の背後に配された深い青。闘牛をテーマにした展示室には、鮮血のような光沢の赤。芝のグリーンに彩られた部屋には『草上の昼食(マネによる)』(1960〜61年)が展示されている。ユーモアたっぷりでフレッシュ、英国のファッションのムードが加味された展覧会は、大評判を呼ぶに違いない。

---fadeinpager---

ポールの色遊びが施されたカラフルな展示室

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3573.jpg

傑作『アヴィニョンの娘たち』(1907年)に向かう作品シリーズの展示に、ポール・スミスは華やかなモーブ色を選んだ。『座る裸婦(《アヴィニョンの娘たち》のための習作)』(1906−07年)など。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -4086.jpg

エドゥアール・マネの作品を巡る『草上の昼食(マネによる)』の連作(1960〜61年)を展示した部屋は、芝生を思わせるグリーンの世界が広がる。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3665.jpg

暗く内省的な青の時代をテーマにした展示室。深いブルーがメランコリーを象徴する。『自画像』(1901年)と、彫刻『道化師』(1905年)。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3673.jpg

ロシアの総合芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフのために舞台装飾と衣装デザインを手がけるなど、舞台芸術を愛したピカソ。道化師の衣装を着た息子パウロの肖像画から、菱形のモチーフが展示室へと広がっていく。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3791.jpg

ストライプのモチーフを身に纏った『座せるマリー・テレーズ』(1937年)には、グリーンのストライプを背景にあしらった。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3877.jpg

ユニークピースと題した部屋は、三方の壁を大量生産の白い皿が埋め尽くす。中央には、それぞれが一点ものの12枚の陶器作品がある。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

---fadeinpager---

Interview with Paul Smith

ポール・スミスはごくありふれたノートにアイデアを書き留める。言葉やパラグラフ、アイデアにピンクや青で下線が引かれている。早口で話し、早足で歩き、即答する。まるでアイデア満載のマシンだ。

この冒険の経緯を教えてください。
2018年11月だったと思います。ローラン・ル・ボン(当時のパリ国立ピカソ美術館館長)が、ピカソの没後50周年について話したいと、ロンドンに会いに来たのです。

「あなたのユーモアにあふれた考え方、物事の組み合わせ方が好きです。私たちは若い世代のためにピカソの作品を新しい視点で見せたい。一種のポップカルチャーとしてのビジュアルアートに焦点を当てたいと思っています。あなたの自由にやってもらいたい!」

この誘いに、思わず息をのみました。ピカソ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、マティス、ジャコメッティのような、芸術家個人の名を冠した美術館の問題は、どのようにして来館者を飽きさせず足を運んでもらうかいうこと。ピカソは非常に多作で、亡くなったのは91歳です!

プロジェクトが正式に決定した19年末にコロナ禍がやって来ました。展覧会の骨子は私が中心となってロンドンで組み立て、パリの美術館の担当チームが私のアイデアを整理していきました。雑誌「ヴォーグ」の表紙(もちろん、私はとても興味を持ちました)から、ピカソの偉大な時期の作品まで、20万点もの作品を見る必要がありました。セザンヌ、アルゼンチン作家のギジェルモ・クイッカの作品が同時に展示されるキュビスムの部屋には、壁紙にクラフト紙を選びました。コラージュでよく用いられるこの素材の質感や色合いを感じてもらうためです。『アヴィニョンの娘たち』(MoMAニューヨーク近代美術館の至宝)の習作の展示室には、ペールオレンジと青の中間の色のようなモーブに近いピンクを選びました。

---fadeinpager---

ピカソとあなたの共通点は?
この企画に取り組みながら、ピカソがいかに好奇心旺盛だったかを知りました。彼は子どものように遊んでいたのだと。それは私自身もいままで言われてきたことです! そのことで彼との距離が縮まりました。

私は53年間ファッションに携わってきました。独立ブランドであること、長い年月を経てなお時代と足並みを揃えていられることは、流れに身を任せ、進化し、潮流に適応する能力があるということ。私は1年に16のコレクションを発表し、自分で会社を経営し、自動車メーカーのミニをはじめとする企業とのコラボレーションに取り組み、家具も自転車もデザインしています。ピカソの1942年の有名な作品『雄牛の頭部』の対面のサドルの展示を見てもらえばわかるように、自転車は私がずっと情熱を傾けてきたものです。

そして突如、テーブルを囲んでピカソについて話すことになったのです。私がここで作りたかったのはリズム。賑やかな部屋の後に、落ち着いた美しい空間が続く。キュビスムの灰色の後に、鮮やかな緑で見るものを驚かせる。次の部屋の『アルルカンに扮したパウロ』では、壁にも菱形模様を描いています。完璧すぎて機械的にならないよう、この壁ではずいぶん苦労しました。

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3605.jpg

コラージュや立体のアッサンブラージュ作品の部屋の壁面は、ブルジョア風の壁紙をストライプ状にパッチワーク。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

---fadeinpager---

色彩とあなたの関係はどういうものですか?
20年前から、美術館も絵画の展示室に色を使うようになりました。必ずしも適切な色を選択しているわけではないかもしれませんが。最も難しかったのは、コロナ禍に今回の展覧会の仕事を進めなければならなかったことです。パリとロンドンを行き来する小さなサンプルから色のある空間を作り上げるには想像力が必要です。幸いにも、私はこの分野で多くの経験を持っています。トップやジャケットの仕上がりを想像しながら、服に合うプリント柄を選ぶ術を身に付けています。小さなものを大きくイメージすることに慣れているのです。

ノッティンガムで発表した私の最初のコレクションはとても細やかなものでした。シャツが数点、それにニットが少し。私がデザインしたのはとてもシンプルなものでした。どうやったらバイヤーの気を引くことができるか?90万ポンドでブランドを立ち上げ、キャンペーンをするような余裕は私にはありませんでした!私が持っていたのは、週に2日だけオープンする小さな空間。ほかとは違うこと、そしてクラシックでありながらひねりを効かせること。それが私のアイデアでした。色彩はそのための手段でした。正式な場にふさわしいクラシックなスーツでも、裏地に変わった色合いを持ってくる。この色彩感覚がどこから来ているのかは私にもわかりません。おそらく子どもの頃からのものでしょう。私はその頃から変わっていません。生来の楽天家です。

色は、どのようにしてあなたのシグネチャーになったのですか?
小さいものや大きいもの、粗いものやなめらかなもの、また、オレンジと赤、ターコイズと青といった色彩のはっきりしたコントラストがどんな作用をもたらすか、長い年月をかけて学び、研究してきました。すべてをフラットにしてしまうコンピューターとは違います。スタジオで、ボール紙に糸を巻きつけ、それを並べてみるのです。こうすると2色や3色の色彩の間に生じる関係がよくわかります。なぜなら糸は立体的だからです。色彩は互いに反映しあいます。ピカソが愛用したブルトンTシャツは、白に少し青が入っているだけ。とても穏やかです。海の穏やかさ、風の清々しさ、海岸を思わせます。

パリ国立ピカソ美術館館長のセシル・ドゥブレは、展覧会のオープニングでこう語った。「美術館の白い壁がポール・スミスの色とストライプに染まっても、ピカソ作品はもちろんその力に負けません。むしろこの17世紀の邸宅に新たな視点が加わり、まるで、人の住まいとしての雰囲気や温かみに包まれたように感じられます」

世界有数のコレクションを誇るパリ国立ピカソ美術館を、ぐっと身近に感じさせる展示。ポール・スミスのアートディレクションは、美術館の常識を覆し、作品と展示デザインの新たな関係を提示している。

---fadeinpager---

ポール・スミスによる会場のデザイン。

PAINTED STRIPES ROOM.jpg

スケッチ。
Brigitte Veyne, esquisse préliminaire de la scénographie imaginée par Paul Smith

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -3772.jpg

一面ごとに色を変えた、ストライプの部屋。1930年頃、ピカソが好んで使用したストライプと、ポール・スミスを象徴するストライプが主張し合う。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

BULL HEAD.jpg

スケッチ。
Brigitte Veyne, esquisse préliminaire de la scénographie imaginée par Paul Smith

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -4181.jpg

最初の展示は、ピカソによる『雄牛の頭部』(1942年)と、ポール・スミスが愛する自転車のサドルを並べた壁の対峙。思わずニヤリとさせられる。
Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

---fadeinpager---

『Picasso Celebration: The Collection In A New Light!』展が出来るまでの舞台裏制作動画。

PAUL_SITTING.jpg

©Paul Smith

Paul Smith
1946年ノッティンガム生まれ。70年、3m四方の小さなショップからブランドをスタート。76年、パリでメンズコレクションを発表。79年、ロンドンに1号店をオープン。83年、日本に進出。現在は60以上の国や地域でコレクションを展開。2000年、英国王室から名誉の爵位「ナイト」の称号を得る。

 

Celebration Picasso - Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) -4223.jpg

Musée national Picasso-Paris, Voyez-Vous (Vinciane Lebrun) / Succession Picasso 2023

●展覧会データ
『Picasso Celebration: The Collection In A New Light!』
開催中〜2023年8月27日
Musée National Picasso-Paris
5, rue de Thorigny 75003 Paris
開:10:30〜17:15最終入場(火〜金) 9:30〜17:15最終入場(土、日、祝、4/22〜5/7)
休:月、5/1
料:一般14ユーロ
☎︎:01-85-56-00-36
www.museepicassoparis.fr

ポール・スミス公式サイトへ

●問い合わせ先:
ポール・スミス リミテッド
☎︎03-3478-5600

photography: Vinciane Lebrun(Voyez-Vous) text: Valérie Duponchelle, Anne-Sophie Von Clae

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest
2025年春夏トレンドレポート
中森じゅあん2025年年運
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
パリシティガイド
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories

Magazine

FIGARO Japon

About Us

  • 広告掲載
  • お問い合わせ
  • よくある質問
  • ご利用規約
  • 個人の情報に関わる情報の取り扱いについて
  • ご利用環境
  • メンバーシップ
  • ご利用履歴情報の外部送信について
  • Twitter
  • instagram
  • facebook
  • LINE
  • Youtube
  • Pinterest
  • madameFIGARO
  • Newsweek
  • Pen
  • Pen Studio
  • 書籍
  • 大人の名古屋
  • CCC MEDIA HOUSE

掲載商品の価格は、標準税率10%もしくは軽減税率8%の消費税を含んだ総額です。

COPYRIGHT SOCIETE DU FIGARO COPYRIGHT CCC Media House Co.,Ltd. NO REPRODUCTION OR REPUBLICATION WITHOUT WRITTEN PERMISSION.