映像作家が観た、ある子殺し事件の法廷劇。

Culture 2023.08.15

人の複雑さに陰影を与え、さらに励ましへと誘う光。

『サントメール ある被告』

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子殺し事件を巡る、息詰まる法廷劇。ギリシャ神話のメディアに通じた女性映画の普遍性も。女性弁護士の最終弁論は明敏にして万感胸に迫る。ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞。

生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして溺死させ、罪に問われたセネガルからの留学生ロランスの裁判を傍聴するため、作家のラマは仏北部の町サントメールを訪れる。

法廷が明るい。と思った。“法廷劇”と聞いて想像するのとは全く違う光が、この映画の法廷には射している。“正す”とか“裁く”とか、“真実を明らかにする”というようなこととは全く違う陰影をつくるその光は、ラマ、被告であるロランス、裁判官、証人、それぞれの立場に等しく注がれ、カメラもまたまっすぐに、そのままに、それぞれの人物を捉えようとする。一方で、ラマの子ども時代や母親との関係をめぐるシーンでは、映像に先行して流れ始める音楽や、古いホームビデオの映像、ニーナ・シモンの歌う「Little Girl Blue」など、映画は観る者の理解と感情を方向づける演出を隠そうとしない。フィクションとしてひとりの人物の“物語”を描くこと。法廷のシーンの光のように、人物それぞれの複雑さをそのままに捉えようとすること。相反するように思えるアプローチのどちらもが、ロランスやラマが抱える歴史にこの映画が寄り添うために、手放せないものだったのだろう。

裁判官の質問に、なぜ自分の子どもを殺したのかわからない。知りたい。と答えるロランスの言葉はアリス・ディオップ監督個人にも根ざす歴史と問いの深さによって、映画を観る私たちがそれぞれに抱える問いに届き、揺り動かす。ロランスが彼女自身の言う「嘘の悪循環」に陥ってしまった社会は、私たちが暮らす社会でもあるのだ。自分自身であろうともがきながら、同時に自分をとりまく社会からの期待、暴力や差別にさえ応えようとしてしまう人間の強さや弱さ、ごまかし、嘘、優しさ。映画はそれらを裁くのではなく、まるごと正面から見つめようとする。法廷を満たす澄んだ光は、希望であり、励ましなのだと思う。

文:飯岡幸子 / 撮影監督、映像作家
世界的ドキュメンタリー映画作家の佐藤真に師事し、映像制作を始動。2021年、濱口竜介監督『偶然と想像』の撮影監督を務め、国内外から賞賛を受ける。撮影作品、清原惟監督『すべての夜を思いだす』が劇場公開待機中。
『サントメール ある被告』
監督・脚本/アリス・ディオップ
出演/カイジ・カガメ、ロランス・コリー、ヴァレリー・ドレヴィル、オーレリア・プティほか
2022年、フランス映画 123分
配給/トランスフォーマー
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて公開中
www.transformer.co.jp/m/saintomer/#modal

*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋

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