故・坂本龍一の自伝第二弾、彼が残した深いメッセージ。
Culture 2023.08.18
自分の人生を生き切った「教授」。読者を静かに照らす月明かりのような本。
『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』
朝刊に「教授」の連載スタートを知らせる文芸誌「新潮」の広告が載ったのは2022年6月のことだった。タイトルは「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」。ハッとした。詳しい病状は知らなかったものの、癌の闘病中だった「教授」がこんなことを言うからには、もう残り時間を数える段階まで来ているのだ。それにしてもなんて寂しい言葉だろう……。
しかし本書を読んでみると、そこにあったのは寂しさや諦念というよりは、苦しい治療の中でも残り時間を創作活動や社会活動に注ぐ「教授」の強い意思だった。幼少期のこと、祖父母や両親のこと、パートナーや子どもたちのこと、世界中にいる仲間たちとの共同作業のこと、東日本大震災後に力を入れてきた支援活動のこと、読んでいる本のこと……それらにニューヨークや東京での日常生活の話がはさまれ、あのくぐもったような独特の声がそのまま聞こえてくるような心地すらした。
仲間たちとの共同作業とは、音楽作りはもちろん、インスタレーションの制作や展覧会への参加、執筆などが含まれる。「教授」のフィールドは彼の知的関心を象徴するように幅広く、発想も、つきあう人々のスケールも大きかった。本書を読めばそれがよくわかる。
私は「教授」が力を入れてきた「東北ユースオーケストラ」の活動を取材したことがある。東日本大震災後の支援活動の一環として岩手・宮城・福島の子どもたちを集めたオーケストラを指導し、毎年コンサートを開催してきた(コロナ禍で2年間休止)。「世界の坂本」が手弁当で、アマチュアの、それも力量がバラバラな子どもたちに楽譜の読み方から教えていた。本書には「教授」が最後まで彼らに向き合おうとしていた姿も登場する。
連載の優れた聞き手だった鈴木正文による、丁寧な「著者に代わってのあとがき」がつく。ほのかな月明かりを浴びるように、静かな読後感が残る一冊である。
人物ルポやインタビュー、書評などを執筆。著書に『旧暦で日本を楽しむ』(講談社+α文庫)『お月さまのこよみ絵本』『大切な人は今もそこにいる ひびきあう賢治と東日本大震災』(ともに理論社刊)など。
*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋