本の可能性を伝える、わたしのための物語。

Culture 2023.08.20

『くもをさがす』

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西 加奈子著 河出書房新社刊 ¥1,540

なぜ「本」が出版されるのか? みんなが、遠くにいる誰かを信じているからだ。「遠くに、自分と強烈に結びつく誰かがいる」と、読者も著者も、出版や書店の関係者も、信じている。会ったことがないし、共通点もないのに、「これは自分の話」と思い合う。

『くもをさがす』に印刷された文章は出版を目的に綴られたものではない。語学留学先のカナダで自分の体にがんがあると気がついた西が、どこかにいる誰かに向かってこっそりと書き始めた。治療を進めて体を変化させながら綴られたその文章が結果的に本になる分量になり、機会を得て出版された。

海外で病院に行って手術を受けて……、といった経験をする人は決して多数派ではないだろう。他の多くの読者と同様に私は西と同じような経験をしてない。けれども『くもをさがす』を読んで「これは自分の話だ」と強く感じた。

このノンフィクションを読む限り、西は家族や友人と共に日々を過ごしており、人に恵まれている。それでも、言葉が通じにくい外国で病気を患って不慣れな体と付き合ううちに、強烈な孤独を味わったのではないか。ひとりっきりになって、遠くの誰かに繋がる道を見たのではないか。孤独から生まれた文章は、本から飛び出てまっすぐに読者の心の中心に向かう。ページを開いた人は、「私の話が書いてある」と思わせられる。

今、『くもをさがす』が出版されて1カ月ほどが経つ。書店やSNSで盛り上がり続けている。「出版には意義がある」と私はしみじみ感じる。誰もが病気や孤独と共に生きる。「自分の話」が本になっていると感じ、遠くの人と繋がっている感覚を持てる社会がここにある。私も、私の体で、私の病気と共に生きていきたい。

私は、これは私への手紙だと思った。おそらく、あなたも「自分への手紙だ」と思うだろう。

文:山崎ナオコーラ/文筆家
西加奈子と同世代で、文芸シーンを盛り上げようとしている。最新刊は、現代社会を照らし合わせてこれからの読書を探るエッセイ『ミライの源氏物語』(淡交社刊)。

*「フィガロジャポン」2023年7月号より抜粋

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