絵画やファッション誌を集めたソール・ライターの写真展が開催。

Culture 2023.08.20

From Pen Online

写真・文/中島良平

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『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』展示風景より 現時点で整理された約11,000点のソール・ライターによるカラーポジから、未発表作品も含むおよそ250点を厳選し、10面の大型スクリーンにプロジェクションした空間ではイメージへの没入感が生まれる。

写真家ソール・ライターの生誕100年を記念し、日本において3度目となる大規模な個展『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色(以下、ソール・ライターの原点)』が、渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール ホールAで8月23日まで開催されている。1950〜60年代にニューヨークで撮影した未公開のスナップ写真に加え、画家を志してニューヨークにやってきたライターの絵画の数々を展示するほか、雑誌『ハーパース・バザー』のファッション写真、ニューヨークで交流を持ったアーティストのポートレート、膨大な量の未公開カラースライドも紹介される充実の内容だ。

関連企画の一環として、7月23日までの期間限定で「森岡書店 渋谷ヒカリエ店」をオープンし、『ソール・ライター日本関係蔵書展』も開催された。同書店オーナーの森岡督行にその経緯を取材し、また、『ソール・ライターの原点』会場をともに訪れた。

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『ソール・ライターの原点』の展示を廻る森岡督行

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『ソール・ライターの原点』が開催されているヒカリエホール1階下の8階で、森岡書店 渋谷ヒカリエ店を期間限定で開店。

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ソール・ライターとのご縁。

過去2回のソール・ライター展はBunkamuraザ・ミュージアムで開催されたが、この4月よりオーチャードホールを除いてBunkamuraが休館となり、本展は渋谷ヒカリエにて開催されることになった(主催はBunkamuraと読売新聞社)。昨年秋、ソール・ライターの絵画やスライドも合わせて展示する写真展を開催する予定なので、関連企画を実施できないかと東急株式会社から森岡に打診があった。

写真集や書籍の情報から、ソール・ライターが日本に強く関心を持っており、日本関係の書籍も多数所有していることを知っていた森岡は、日本関係の蔵書に特化した展示をしたいと希望を伝え、企画を進めることになった。森岡にとってのソール・ライターとの出会いは、2006年にドイツのシュタイデル社から刊行された初の写真集『Early Color』だったという。

「10年ぐらい前だと思うのですが、オンラインのメディアでコーヒーに合う写真集を選んでほしいと依頼され、『Early Color』について文章を書いたことがあるんですよ。全然詳しく知っているわけではなかったのですが、カフェなんかでこの写真集を見ながらコーヒーを飲んでいたら、気持ちよく香ってきそうだなぐらいに想像して紹介したんです。

日本で初めてソール・ライターの写真展が開催される少し前で、映画も公開を控えた頃だったので(註:ソール・ライターの晩年に密着したドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』が2013年に制作され、日本では2015年に公開された)、プロモーション担当の方から連絡を受けたんです。『ソール・ライターについて何かを書かれているのが森岡さんしかいなかったので、プロモーションに協力してください』と。実際には1960年代か70年代にカメラ雑誌に書かれた文章はあったので、私が初めてではなかったのですが、それをきっかけにご縁を感じるようになりました」

『ソール・ライターの原点』企画者を経由してソール・ライター財団に確認すると、何10箱もに及ぶ蔵書のうちの7箱が日本関連だということがわかった。そして会期を前にしたこの5月、展示する書籍を選別するために森岡は関係者とともにソール・ライターのアトリエを訪れた。

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『ソール・ライターの原点』展示にて、アンディ・ウォーホルのスナップに見入る。かつてライターが暮らし、現在は財団が事務所としているニューヨークのアパートでウォーホル作品を目にしたときの驚きを話してくれた。

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「昔ながらのニューヨークの素敵な建物で、目の前のアパートにはダイアン・アーバスが暮らしていたり、数ブロックを隔ててロバート・フランクが住んでいたり、実際に親交もあったようで、エリアとしても素晴らしい場所でした。アトリエにはオブジェのようにして若干の本が積まれてある程度でしたが、北側からの光とのバランスがすごくよくて、ソール・ライターがたくさんの絵を描いていたことがよくわかる空間でした」

「一冊の本を売る書店」をコンセプトに、週替わりで厳選した1冊を販売し、関連した展示を行う森岡書店の方法に則り、「森岡書店ヒカリエ店」では『包 日本の伝統パッケージ、その原点とデザイン』を販売する。日本のアートディレクターでグラフィックデザイナーの草分け的存在であった岡秀行が、木箱や竹かごなどの日本の伝統的な包装方法の美しいかたちに魅了されて『包』(1972年刊行)と題する書籍にまとめ、1975年に英語版で発刊された『how to wrap 5 eggs』をソール・ライターが所有していたことに由来する。同書のオリジナル版『包』を底本とし、2011年に目黒区美術館で開催された『包む:日本の伝統パッケージ』展の図録として販売された書籍の新装再編集版を『ソール・ライター日本関連蔵書展』の1冊として選ぶことになったのだ。

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森岡書店 渋谷ヒカリエ店『ソール・ライター日本関係蔵書展』で販売されている『包 日本の伝統パッケージ、その原点とデザイン』。菓子作家の小川紗季が、コーヒーを愛したソール・ライターに贈りたい和菓子として、コーヒーを練り込んだ生地にコーヒー風味をまとわせた羊羹を挟んだ「珈琲どら焼き」を考案。2個1,000円で販売されている。

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『ソール・ライター日本関係蔵書展』に展示された『how to wrap 5 eggs』。菓子作家の小川紗季はこの本で紹介されていた「竹皮包」に着想し、「珈琲どら焼き」の包装をデザインした。

「岡秀行さんの『包』は、最初に復刻された際にトークイベントに登壇したこともあり、森岡書店を茅場町で営業していた頃にも何度か発売したことのある大好きな本でした。その英語版をソール・ライターが所有していて、このタイミングでまた何度目かの再販となるだけでもすごい偶然ですが、森岡書店がいま営業している銀座のビルの別フロアでは、岡さんがアートディレクターとして仕事をしていたこともあり、色々とつながりが見えてきたことにも驚いています」

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『ソール・ライター日本関係蔵書展』展示風景より ソール・ライターは俵屋宗達や鈴木春信が好きだったようで、何冊もの本が展示されていた。この本には「ソームズと日本を旅した思い出に。1974年」といった内容のメモが自筆で残されているが、実際にその年に来日してはおらず、架空の思い出をパートナーと共有したファンタジックな一面が垣間見られる。

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『ソール・ライター日本関係蔵書展』展示風景より 平松麻がソール・ライターのアパートで描いた「Conversation with Saul」と題するシリーズを展示。森岡が平松の作品にライターの画風と共通するテイストと世界観を感じたことで、ライターをテーマに制作を依頼した。

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『ソール・ライター日本関係蔵書展』展示風景より 写真家の井津由美子がソール・ライターのアトリエを訪れて撮影した作品も展示。画面左の作品に写されているのは、ソール・ライターの父親やパートナーのソームズ、ペインティングなどを設置し、布をかけて大切に管理していたライターにとっての神棚のようなイーゼルだ。

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『ソール・ライター日本関係蔵書展』では、ソール・ライター財団の公認でニュープリントを受注販売する。

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『ソール・ライターの原点』はモノクロスナップから始まる。

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『ソール・ライターの原点』エントランス

10代の頃から絵画や写真への情熱が高まり、1946年、ソール・ライターは23歳の誕生日を目前にしてニューヨークにやってきた。画家を目指していたが、交流するアーティストとの日常やニューヨークのストリートの様子をスナップ撮影するうちに、カメラで自分の世界を表現する方法を探るようになっていく。そしてライターは、『ライフ』や『エスクァイア』という雑誌に写真を寄稿するようになると、1958年にはアート・ディレクターのヘンリー・ウルフに見出され、『ハーパース・バザー』のファッション写真を担うようになる。

『ソール・ライターの原点』は、1950〜60年代にニューヨークのストリートで撮影したモノクロの未発表スナップを集めた展示で始まり、交友を持ったアーティストたちのポートレイト、ライターのファッション写真を掲載した『ハーパース・バザー』の誌面が並ぶ「ソール・ライターとファッション写真」というコーナーへと続く。

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『ソール・ライターの原点』展示風景より 未発表の初期作であるニューヨークのストリートスナップを見ても、画面構成から緊張感が伝わってくる。

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『ソール・ライターの原点』展示風景より 左がマルセル・デュシャンで、右がセロニアス・モンク。

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『ソール・ライターの原点』展示風景より 雑誌『ハーパース・バザー』を展示し、ファッション写真を紹介。

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『ソール・ライターの原点』展示風景より

「ライターは『ハーパース・バザー』などで活躍した商業カメラマンでしたが、あるときにその仕事の仕方を止めまして、モデルで自身のパートナーだったソームズさんとふたりの生活をより大切にするようになりました」

若い頃から描いていた絵は、商業カメラマンとして成功しても続けており、『ソール・ライターの原点』にも多く出品されている。ライターは「絵画は創造であり、写真は発見だ」と語っており、それぞれの作品に色遣いや画面構成などに共通点が見られ、手と目と意識下のイメージとの連動がよく伝わってくる。

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「カラーの源泉—画家ソール・ライター」と題する展示コーナーでは、絵画と写真を合わせて展示し、その傑出した画面構成力と色彩感覚を浮かび上がらせる。

「素晴らしい展示です」と感嘆の声を漏らす森岡。「写真家というよりも、生涯を通して画家だったのではないかと思えますよね。『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』というタイトル通りの内容で、存分にソール・ライターの色彩感覚が伝わってくる展示でした」

展示のクライマックスが、10面の大型スクリーンにカラースライドを映し出す空間だ。現在ソール・ライター財団では、カラースライドだけで数万点にも及ぶという未整理の作品をデータベース化する「スライド・プロジェクト」に着手している。このプロジェクション空間にゆっくりと身を置き、窓を濡らす水滴越しに見た風景や、光によるガラス面への映り込み、女性モデルを写した色彩豊かな写真のコンポジションなど、多様でありながら「ソール・ライターらしさ」に裏付けられた表現への没入体験を味わってほしい。没後10年を経ても未発見の要素が多いソール・ライターの、表現に対しての興味が深まるはずだ。

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『ソール・ライターの原点』で再現されたソール・ライターのアトリエ

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当時、雑誌の入稿はカラーポジで行われており、プリントではなくポジそのものをライトボックスで見る機会の方が圧倒的に多かった。その視覚を追体験するようにして、多くのスライドが展示されている。

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そしてクライマックスが、大型スクリーンでのカラーポジのプロジェクション。小型のスライドでの緻密な画づくりが、美しいトーンそのままにイメージへの没入体験を演出する。

ソール・ライターの原点 ニューヨークの色
 
開催期間:2023年7月8日(土)〜8月23日(水)
開催場所:ヒカリエホール ホールA(渋谷ヒカリエ9F)
東京都渋谷区渋谷2-21-1
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:11時〜20時
※展示室入場は閉館の19時30分まで
休館日未定
入館料:一般¥1,800
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_saulleiter/

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