急逝した作家のエッセイ集ほか、いま読みたい4冊。
Culture 2023.08.26
急逝した作家の魅力を再発見、世界観がクセになるエッセイ55篇。
『じゃむパンの日』
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何度も声を出して笑った。ニートの鶴吉さん、自動車教習所の猫使いの教官、ひと目惚れした珍念さんに書道ガールの母、クセが強い人たちの愛すべきエピソードをひょうひょうと語る独特の世界観にハマってしまう。京都に生まれ、昭和に少女時代を送り、北海道の大学院を中退。『乙女の密告』で芥川賞を受賞。2017年に急逝した著者の初めてのエッセイ。翻訳家の岸本佐知子との「交換日記」も秀逸で、新刊が出ないのが惜しまれる。
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「私」という不確かな存在、未知の読書体験に心が震える。
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』
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午前4時に目が覚めた「私」は、旅館の一室にいて、自分を規定する記憶がすべて失われていることを知る。作家レイモンド・チャンドラーに詩人ジョナス・メカス、ミステリアスな手がかりを拾い集めながら「私」のただならぬ旅の同行者となる3つの物語。あらかじめ刷り込まれた価値観から解き放たれた時、人は異邦人のまなざしを獲得する。韓国の異端の作家による本作は、まっさらな世界と対峙するような未知の読書体験へと読む者を誘う。
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いつもの献立にひと工夫、家庭料理の新スタンダード。
『料理と毎日 12か月のキッチンメモ』
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料理家・今井真実の食日誌。夫と10代の娘と幼稚園児の息子の4人家族。その日の出来事にその日作った料理の簡潔なレシピがつく。新玉ネギがおいしい春のすき焼きに、変わり種を楽しむイチジクの天ぷら……季節ごとの食材を使ったスタンダードな料理にも目先が変わるひと工夫がある。おせちで残った伊達巻きやサトイモはフライに。スペアリブの骨で出汁をとる自由なおでん。ミントだれで食べる鶏鍋など試したくなる全225皿。
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広告のフレームを外しても、この人の言葉が刺さる理由。
『私、誰の人生もうらやましくないわ。児島令子コピー集め』
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「あした、なに着て生きていく?」などのコピーで知られるコピーライター児島令子の作品集。「キスというものを、ここしばらく、してない。」は阪神・淡路大震災の年、結婚式場の広告で使われたコピー。商品を売るためだけの言葉ではない。名コピーが生まれた背景を語るエッセイも収録。広告のフレームを外しても私たちのいまに刺さる言葉に「それを言いたかったの!」と背中を押される。
*「フィガロジャポン」2023年5月号より抜粋
text: Harumi Taki