少女から女性の成長を描く、ソフィア・コッポラの作品。
Culture 2023.09.14
『マリー・アントワネット』の現場で眠るソフィア・コッポラ。
ソフィア・コッポラがこれまで手がけた映像作品をまとめたアートブック『ARCHIVE by Sofia Coppola』が9月後半に発売となる。本書は、撮影の裏舞台や制作過程を映した写真、参考資料のコラージュやアイデアを書き留めたメモが収められ、彼女の頭の中を覗けるかのような一冊に仕上がっている。1999年公開の『ヴァージン・スーサイズ』で、リスボン家の美しい5姉妹の思春期が持つ危うい精神面に着目し、2020年に公開された『オン・ザ・ロック』では、成熟した大人の親子関係をおもしろおかしく描いた。これまで作品でソフィア自身とともに成長を遂げた主人公たちの魅力とは? ライター山崎まどかが紐解く。
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この世界は私たちのものではないという少女の疎外感と、それでも誰かとつながりたいという淡い期待。映画監督としての長編デビュー作である『ヴァージン・スーサイズ』(1999)には、その後のソフィア・コッポラ作品のエレメントとなるものが詰まっている。
子どもの頃から人気子役としてその才能を発揮していたキルスティン・ダンストは、ソフィア・コッポラ作品のミューズとして多数登場する。
ジェフリー・ユージェニデスの原作では五人の姉妹は、デトロイトの凋落によって大人になるルートを失ったミシガン州の少年たちの潰えていく未来の象徴だった。舞台をもっと匿名的な70年代の郊外の街に移し、両親に幽閉された五人姉妹の内面世界を淡い映像とガーリーなインテリアや風俗で見せることによって、ソフィアはその物語をより普遍的な少女たちの悲劇へと変えた。リスボン姉妹はシンボルではなく、物語の主人公となり、少年たちの憧れや欲望の対象を超えたものになった。
ソフィア・コッポラが少女たちを見つめる視線には、独特の感性と美学がある。男性的な視点とはまた別のものだ。封建的なトルコの地方で、叔父に自宅軟禁される五人姉妹を描いたデニズ・ガムゼ・エルヴェキンの『裸足の季節』(2015)をはじめ、ソフィアの眼差しは"少女の世界"を描くその後の女性映像作家に大きな影響を与えたと言っていい。柔らかな光とガーリーな世界観は、自由を求める若い女性の内面を表す手段となったのだ。
ソフィアにとってキルスティン・ダンストやエル・ファニングといった少女性を持つ女優たちは彼女が眼差しを向ける"対象"だが、かつて少女だった本人の"投影"でもある。
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東京で孤独を感じる主人公シャーロットを演じた、スカーレット・ヨハンソンはこの作品で脚光を浴びる。
日本を舞台にした『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)で彼女は登場の、ホテルに幽閉されたようなヒロインに、自分自身の孤独を重ねた。"少女"と"幽閉"と同じく、(そのふたつを内包する)"ホテル"もソフィアにとって重要なモチーフだ。彼女は10代でオムニバス映画『ニューヨーク・ストリーズ』(1989)で脚本家としてデビューしている。父フランシス・フォード・コッポラが監督を務めた第2話「ゾイのいない人生」の主人公は、ニューヨークの高級ホテルに暮らす12歳の少女。その後のソフィア自身の監督作の原点となった中編である。
映画監督の夫の仕事で日本にやって来た若いヒロインが、同時期に仕事で来日した映画スターと束の間、心を通わせる。『ロスト・イン・トランスレーション』は非常にインティメイト(親密)な作品だ。ホテルはクリーンで、彼女は清潔なシーツのような空間に守られている。しかし、そこは彼女の本来の居場所ではなく、ホテルから一歩足を踏み出せば、よそよそしい外国の街が待っている。
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2度目の共演となったキルスティン・ダンスト。パステルトーンで埋め尽くされた映画に魅了された人も多くいるだろう。
ソフィアは更に『マリー・アントワネット』(2006)で、このあまりに有名な悲劇の王妃を閉ざされた空間で孤独の"バブル"に守られた少女として解釈した。歴史を自分の側に引きつけた大胆さについて、公開当時は賛否両論があったが、歴史上の実在ヒロインたちの物語をポップに改変して、いまの時代の女性に読み替えるというその試みは女性たちの心に響いたのだろう。ドラマ「ディキンスン〜若き女性詩人の憂鬱」(2019〜2021)や映画『エリザベート 1878』(2022)に、その影響が見て取れる。ソフィア・コッポラはこの様式化した表現のパイオニアとして、もっと評価されるべきである。
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『SOMEWHERE』で大人びたクレオを演じたエル・ファニング。再共演を果たした『The Beguiled/ビガイルド 欲望の目覚め』では、すっかり大人なった表情を魅せた。
ホテルやお城に囚われた少女というモチーフが大きく変化したのが『The Beguiled/ビガイルド 欲望の目覚め』(2017)だ。舞台は南北戦争時代のアメリカ南部バージニア州。実家に帰れなかった五人の少女と女性教師たちが暮らす女学院。男たちが戦争をしている外の世界とは没交渉だ。ホテルや城と同じような場所だと言えるが、少なくともここには女性同士のコミュニティがある。傷ついた北軍兵士が迷い込んでくることで、そこに波紋が起こる。孤独に気がつかなかった女たちが、自分たちに何が足りないかを思い知る。
ここで男たちの社会に投降して、自分たちの内面世界を受け渡すのは容易い。そうでなくてもソフィア・コッポラのヒロインたちは、誰かとつながり、愛されることに憧れを抱いてきた。ところが、この映画では最後、女性たちは外の世界を断固として拒否するのだ。そこにとどまることは、彼女たちにとって"選択"となった。
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『ロスト・イン・トランスーション』から3作に出演しているビル・マーレイ。ソフィアの父親のような交友関係も素敵だ。
そして一箇所にとどまることをチョイスできるなら、そこから出ていくという選択も成り立つ。常に自己イメージが"少女"だったソフィアがそれを捨てて、自分と同世代の女性を主人公にしたのが『オン・ザ・ロック』(2020)だった。ラシダ・ジョーンズ演じるヒロインは父親と街に出て、浮気疑惑のある夫を追いかける。ソフィアの主人公はここで初めて成熟し、冒険心を持った。
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ヒロインに抜擢されたケイリー・スピーニー。『プリシラ』10月27日に全米公開予定。
今年、公開を予定している『プリシラ』はどうだろうか。大スターの夫に置き去りにされた妻の孤独というソフィア好みのストーリーも浮かぶが、もしかしたら大胆にそれを裏切り、少女から大人への更なる成長を見せてくれるかもしれない。
「ARCHIVE by Sofia Coppola」
ソフィア・コッポラ著 MACK ¥13,200 9月下旬発売予定
問い合わせ先: twelvebooks
text: Madoka Yamazaki, photography: Archive (2023) by Sofia Coppola published by MACK