ロードムービーから皇妃の物語まで。気になる映画3本。

Culture 2023.09.23

ユーモアある反骨心が逆巻く、荒野と草原のロードムービー。

『君は行く先を知らない』

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家族4人と犬1匹が荒野を車で旅する。毒舌家の父は挫いた足を持て余し、革命前の歌謡曲を偏愛する陽気で気丈な母が一家の支柱らしい。イランの家族像として破格だが、おまけに次男の6歳の反抗児が母も手を焼く天衣無縫ぶり。実は、旅には別の目的がある。影の薄そうな運転手の長男が将来を期して「越境」を図るのを、どうやら家を抵当に入れて両親が後押ししているよう。光と風、星々と朝霧の詩情を刻々に宿すロードムービーが、不穏な社会・政治情勢をも直感させる。名監督ジャファル・パナヒの現場で学んだ息子パナーの、懐が深い初長編。エピローグは、行き先不明の現実界で「歌」や「宇宙」が突破力となるような、稚気と憂愁のファンタジーの彼方へ越境してみせる。

『君は行く先を知らない』
監督・脚本・製作/パナー・パナヒ
2021年、イラン映画 93分
配給/フラッグ
新宿武蔵野館ほか全国にて公開中
www.flag-pictures.co.jp/hittheroad-movie

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都会の少年と湖畔の少女の、揺らめく思春期の一期一会。

『ファルコン・レイク』

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休暇を過ごすため、14歳間近のフランス少年バスティアンは両親とカナダのケベックを訪れ、母の友人が所有する湖畔のコテージで旧知の16歳の娘クロエと出会い直す。「ひと夏の体験」ものの典型だが、ヤルことしか頭にない地元の青年らにクロエが飽き、誰も踏み込めない潔癖さを保持しているのが類型に収まらない特質だ。美しく誘惑的ながら、昼間から幽霊が出そう——足を取られて息ができない底へ連れ去られそうな湖は、バスティアンにとってクロエそのもの。もがく手つきが恋慕のもどかしさと暴発性を煌めかせ、16mmフィルムのほの明るいタッチと融和する。夏の終焉を、封印されてなお迷い出る思春期の霊気とともに、新進女性監督が鋭く捉えた映画的瞬間をご覧あれ。

『ファルコン・レイク』
監督・脚本/シャルロット・ル・ボン
2022年、カナダ・フランス映画 100分
配給/パルコ
渋谷シネクイントほか全国にて公開中
https://sundae-films.com/falcon-lake/#

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求められる美と気品を超え、皇妃の彷徨が眼前に息づく。

『エリザベート 1878』

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16歳でハプスブルク家に嫁いだオーストリア皇妃の物語。年代記ではなく、40歳となる1878年に光を当てる。皇帝の夫が「帝国の命運」を皇太子の息子が「君主制の衰退」を語る中、奔馬の心を持つエリザベートの息苦しさは臨界点に。一心同体だった愛馬も亡くす。とうとう王宮で寛げるのは湯船の中だけとなった彼女が、艶麗な髪を自ら切り、船旅で決行する跳躍! 色欲の罪で温熱療法を強いられる女性に向けた慰問時の共苦の反応とか、ルートヴィヒ2世との甘美でほろ苦い逢瀬とか、逸話も豊富だ。男性原理の規律より、水に憩うような流浪の自由を望んだ皇妃には、時を超えた訴求力がある。ヴィッキー・クリープスがカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀演技賞を受賞。

『エリザベート 1878』
監督・脚本/マリー・クロイツァー
2022年、オーストリア、ルクセンブルク、ドイツ、フランス映画 114分
配給/トランスフォーマー、ミモザフィルムズ
TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開中
https://transformer.co.jp/m/corsage

*「フィガロジャポン」2023年10月号より抜粋

text: Takashi Goto

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