文筆家・村上香住子が胸をときめかせた言葉を綴る連載「La boîte à bijoux pour les mots précieuxーことばの宝石箱」。今回は彼女がパリで何度か見かけ、その後東京で再会することになったソフィア・コッポラの言葉をご紹介。
ふとしたことで、まるで業界の違う人と出会ったりすると、最初は少しくらいなら好奇心も持てるけど、やはり全然話が噛み合わなくて、関係が途絶えてしまうことが多い。やがてその人の名は、アドレス帳から消えていってしまう。自然の流れでそうなってしまうけど、ソフィアは、ちょっと待って、そのままにしていたらきっとある時、あの人に意見を訊いてみたい、という時が訪れるから、と言っている。なるほど賢明な教訓だ。
性急で、潔く、一気に斬り捨ててしまいがちな人には、耳の痛い話だ。私も若い頃は「もう今日限り絶交です」などと、いま思えば赤面する幼稚な手紙を送ったことがあったような気もする。粘り強く、その人に教えてもらいたいことができるまでそのままにしておけば、いつかまたきっと連絡したくなる日がくるかもしれない。確かに一理あるし、学ぶべきことかもしれない。
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クール・ビューティーのソフィア・コッポラは、『ヴァージン・スーサイズ』(2000年)のようにピュアで、乙女心を描く映画が多いけど、本人はむしろ成熟した大人の思考ができる人なのではないだろうか。最新作の『プリシラ』もエルヴィス・プレスリーの幼妻プリシラの心理に迫って、評判になっている。
パリでショッピング中のソフィアを何度か見かけたことがある。「ボン・ポアン」で会った時は、子ども服の生地を何度も撫でまわし、その感触を試していて、いいママンなのだろうな、と感心したものだ。東京で会った時は、すでに『ロスト・イン・トランスレーション』が名作として世界的に注目を集めていた時期だった。
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インタビューが終わってから「これからイタリアでオペラを演出するのですね。大変ですね」と言うと、いきなり「あなたオペラに詳しいの?」と聞かれた。「イタリアには行かないの?」とも言われ、こちらも調子に乗っていたら、もしかしたらナポリまで付いて行ってしまったかもしれない。そういう気さくなところがある人だった。
どんな人でも、生涯の知り合いなら、今度会った時に「東京でインタビューしたジャーナリストです」と言ってみてもいいのだろうか。
1971年、ニューヨーク生まれ。父フランシス・フォード・コッポラをはじめ映画に携わる家族に囲まれて育つ。『ゴッドファーザーPartⅢ』(1990年)で俳優デビューののち、98年に短編映画『リック・ザ・スター』で監督デビュー。『ヴァージン・スーサイズ』(99年)で長編監督デビュー、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)でアカデミー脚本賞やセザール賞外国映画賞など多数受賞。2010年『SOMEWHERE』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞した。
フランス文学翻訳の後、1985年に渡仏。20年間、本誌をはじめとする女性誌の特派員として取材、執筆。フランスで『Et puis après』(Actes Sud刊)が、日本では『パリ・スタイル 大人のパリガイド』(リトルモア刊)が好評発売中。食べ歩きがなによりも好き!
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