世界中の監督たちからラブコールを受けるぺ・ドゥナ、現在、過去、未来への想い。
Culture 2023.11.16
10月27日に行われたケリング「ウーマン・イン・モーション」にて。
第36回東京国際映画祭にて10月27日、TIFFスペシャルトークセッション ケリング「ウーマン・イン・モーション」が開催された。俳優ぺ・ドゥナ、水川あさみ、プロデューサーの鷲尾賀代が登壇したセッションでは、映画業界の女性の働き方の変化や提言など、体験談にもとづく興味深いトークが繰り広げられた。日韓、そして欧米と、役者としてのフィールドを広げ前進しながら、デビュー24年を迎えてなお『ほえる犬は噛まない』(ポン・ジュノ監督)の頃のチャーミングな佇まいを失わないぺ・ドゥナに、これまでの歩みや、今後の展望などを聞いた。
――『ベイビー・ブローカー』の共演が決まる以前から、イ・ジュヨンさんが目標とする女優として、ぺ・ドゥナさんのお名前を挙げていました。いまやパイオニアとして後輩俳優から目標とされていることに、どんな自覚がありますか。
確かに若い俳優の方々の中に、イ・ジュヨンさんと同じように言ってくれる人がいることは自覚しています。私が撮影をご一緒したポン・ジュノ監督、パク・チャヌク監督、チョン・ジェウン監督、そして是枝裕和監督、山下敦弘監督は、いまでは大変な巨匠になられていて。さらにアメリカでも仕事をしているので、おそらくそういうキャリアが魅力的に見えるんだろうと思います。私にはロールモデルがありませんでした。だから、人が行かない道をひとり歩いてゆくのは、それはそれは寂しい道のりでした。愛情を抱いている後輩の俳優に私の道をおすすめできるかというと、疑問です。でも、ロールモデルがなかったからこそ、私は常に手探りで、機会が与えられるたびに自分の気持ちの赴くままに進んでこられた結果、現在にいたっているのではないか、という気もします。ただ一度でも私と一緒に仕事をしたり、親しくなった人なら、私はロールモデルと思われるようなたいそうな人物ではなく、ただただ必死に生きている近所のお姉ちゃんのような感じだと気づくと思います。だからイ・ジュヨンさんも共演後は目標が変わってるはず(笑)
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――『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ドヨン監督、『はちどり』のキム・ボラ監督、そして『私の少女』から8年ぶりに『あしたの少女』を撮られたチョン・ジュリ監督など、性差別や女性の生きづらさを描いた女性監督の作品が話題を呼びました。この韓国映画の動向を、内側からどのようにご覧になっていますか。
私が映画の仕事をし始めた20年前と比べると、はるかに女性監督のチャンスは増えました。また、「ウーマン・イン・モーション」の登壇の場でも話しましたが、撮影現場で、女性監督だからといって男性スタッフから甘く見られることもなくなり、女性が才能を発揮できる機会は格段に増えていると実感します。ただし、女性監督の活躍はわりとインディペンデント映画に限られている、というか、商業映画の世界ではガラスの天井が存在していると思います。私たちが、女性監督をもっと起用するべきと言ったからといって、そう簡単にシステムが変わるものではないでしょう。おもしろい映画を作り、観客に届け、また観客におもしろいと感じてもらえたら、機会はおのずと増えていくはずなので、まだまだこの道のりは努力して続けていかなければならないと思っています。
――先ほど、これまでのキャリアは孤独な歩みでもあったと言われましたが、あなたは何を心の支えにして歩んでこられたのでしょうか。
本当にコインの裏表のようなもので、先駆者として誰も歩んだことのない道を歩むのは確かに寂しいものですが、新しいことに初めてトライし、結果を出せた時には、私しか見たことない景色を見れる喜びがありました。たとえば、アメリカでSFアクション映画に出演して新しい経験ができましたが、また同じようにSFアクション映画のオファーがきても、興味が持てない性分なんです、私は。そんな私だから『ベイビー・ブローカー』と『あしたの少女』で2作連続して刑事を演じたことは本当に大変だったんです。
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――確かに「"刑事役が多いですね"と言われることに、もう疲れました」とコメントされていましたね。ただ、ぺ・ドゥナさんのインタビューを読むと"正義"というものをとても大切にしていらっしゃると感じます。また、是枝監督しかり、ぺ・ドゥナさんを当て書きする人、役をオファーする人たちが、あなたに正義の側に立って行動する人というイメージを持っているから刑事役が続いたのではと思います。
自己分析するに、私はどうも良心に逆らうことができないタイプの人間のようで......。でも正義にメラメラと炎を燃やすとか、何よりも正義に意味や価値を置いているというのとは違って、しいて言えば、良心の価値を大切にしたいというか。そして、何より人間が大事ということ。これは自分のことだけでなく、すべての人間は尊い、ということが私自身の中に基準としてあるような気がします。
ただ、実は、犯罪者や、犯罪者でなくても刑務所に入る役も結構多かったので、刑務所専門俳優と言われたことがあるんです(笑)。いまは、観客の頭の中で私の刑事役がフィットしているようなので、その正義の反対側の人間、不義をそのままやり過ごせる人間の役を演じてみたい、とも思っているんです。
――今後、組んでみたい監督、演じてみたい役柄を教えてください。
最近、明るい映画の中にいる自分を見たくて、軽快なもの、楽しく観られる作品を求めているんですが、そういうシナリオはなかなか来なくて......。やっぱり刑事だったり、検察官だったり、スリラー的なものが多いですね。心の中ですでに決めている次の作品も、そんなに明るい映画ではないんです。組みたい監督に関しては、そこまで映画をたくさん観るほうではないので、すぐにお名前が浮かびませんが、このところ昔の映画をよく観ていて。最近、私の心にヒットしたのは、ジャック・タチの映画です。
――久しぶりにコメディ映画の中のペ・ドゥナさん、あるいは、パク・チャヌク監督と再び組んで、心の中がまったく読めないファムファタル的な役所も観てみたいです!
そうですね、誰か脚本を書いてくれないかな(笑)
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夕方の遅い時刻だったが、インタビュー終了後も少しだけおしゃべりが続いた。登壇イベントでも着ていたショートボトムとロングブーツの全身ブラックの装いがとてもよく似合っていたこと、そして、それが彼女自身が持っている昔のバレンシアガであることを聞いたので、素敵だと伝えると、「ありがとう、とても気に入っているものなので」と、まさにこの表情をスクリーンで観たい!と思わせるチャーミングな笑顔を返してくれた。インタビュー中も常に自然体で、自分自身を飾ることなく真摯に問いかけに答えてくれたぺ・ドゥナ。受け止めることと表現することのバランスが素晴らしい彼女が、世界的な映画作家から愛され続けることは間違いない。
10月27日に行われたTIFFスペシャルトークセッション ケリング「ウーマン・イン・モーション」の模様がこちらに。
1979年生まれ、韓国・ソウル特別市出身。漢陽大学演劇映画科卒。舞台俳優の母キム・ファヨンの影響を受け、幼い頃から演技に興味を持つ。モデルなどを経て、1999年、日本映画『リング』の韓国リメイク『リング・ウィルス』で"貞子役"にあたるパク・ウンソを演じ映画デビュー。ポン・ジュノ監督長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』(2000年)でブレイク。百想芸術大賞主演女優賞を受賞した『子猫をお願い』(01年)、パク・チャヌク監督作『復讐者に憐れみを』(03年)、ポン・ジュノ監督と再タッグを組んだ『グエムル -漢江の怪物-』(06年)など国内で着実にキャリアを積む一方、ウォシャウスキー姉妹の『クラウド アトラス』(12年)、『ジュピター』(15年)などでハリウッド進出。また、山下敦弘監督作『リンダ リンダ リンダ』(05年)、是枝裕和監督作『空気人形』(09年)、『ベイビー・ブローカー』(22年)など、日本人監督の作品にも出演。刑事役で注目された『私の少女』(14年)のチョン・ジュリ監督と2度目のタッグとなった『あしたの少女』(22年)が8月に日本公開されたばかり。
interview & text: Reiko Kubo photography: Courtesy of Kering