リチャード三世を巡る考古学映画『ロスト・キング』。
Culture 2023.11.21
「悪逆」な王の名誉回復が、新しい自分発見に繋がる。
『ロスト・キング 500年越しの運命』
生まれてはじめて、会ったことがある人が主人公の映画ができた。『ロスト・キング 500年越しの運命』はリチャード三世の遺骨発掘の立役者となった実在の人物フィリッパ・ラングレーについての映画だ。ラングレーは考古学などの専門的な訓練は受けていないアマチュア歴史愛好家だが、この中世の王の遺骨発見に大きな役割を果たした。私は2015年にイギリスのヨークで行われた講演会で本人に会ったことがある。一風変わった雰囲気もありつつ、中世史に対する情熱がひしひしと感じられる講演だった。
映画の中でヒロインであるフィリッパの情熱のきっかけとして描かれているのが、ウィリアム・シェイクスピアの『リチャード三世』だ。リチャードが悪役として描かれている芝居だが、フィリッパはこの芝居を見て、リチャードは本当はこんなにネガティブに描かれるべき人間ではなかったのでは......という同情心をかき立てられる。リチャード三世の悪いイメージを流布するのに大いに貢献してきたこの芝居が名誉回復のきっかけになるのは面白くもあり、フィクションが人を動かす力をも示唆する展開である。
フィリッパは持病の慢性疲労症候群のため職場で軽く見られている。リチャード三世に関心を持ったのも、障害ゆえに偏見の目で見られてきた人物だからだ。リチャードはフィリッパにとって遠い歴史上の人物ではなく、同志のように身近に感じられる。フィリッパがリチャードの名誉回復のために行う戦いは、軽んじられてきた自分の力を再認識するための探求でもある。その過程でフィリッパは抵抗にもあうが、さまざまな人々からの支援を得ることができ、自分を信じられるようになっていく。『ロスト・キング』は考古学の映画だが、多分に障害についての映画でもある。フィリッパが発見したのは過去の王の遺骨だが、同時に新しい自分をも見つけることができたと言えるだろう。
シェイクスピアや舞台芸術史を専門に研究する。2018年、『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書』(白水社刊)を上梓。近著に『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(筑摩書房刊)ほか。
監督/スティーヴン・フリアーズ
出演/サリー・ホーキンス、スティーヴ・クーガン、ハリー・ロイド、マーク・アディほか
2022年、イギリス映画 108分
配給/カルチュア・パブリッシャーズ
TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開中
https://culture-pub.jp/lostking
*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋