盗んだ牛で一攫千金を狙う映画『ファースト・カウ』、男の友情が沁みる。

Culture 2024.01.08

故人を悼み親密さを育む、原風景の静寂に包まれて。

『ファースト・カウ』

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列車強盗や牛泥棒ではなく、可憐な瞳の栗毛牛の乳を夜に紛れて盗む。金鉱掘りならぬドーナツ作りで一攫千金を狙う。根なし草の生々流転を濃やかに描くのが、アメリカ開拓神話を咀嚼し直す匠のユーモアと明察。

罠猟の一団に雇われて旅をする料理人のクッキーと、仲間の報復のために人を撃ってしまい、逃亡の最中のキング・ルー。ふたりは財を成すため、町の有力者が所有する一頭の牛から盗んだミルクでドーナツを作って売り捌いていくーーというのが、1820年代のオレゴン州の開拓地を舞台とした『ファースト・カウ』の簡単なあらすじなのだが、ここから想像できるような派手な(あるいはコミカルな)話では決してない。この映画は122分を存分に使って、クッキーとルーの友情をあたたかな礼儀をもって描いているのだ。

礼儀とはどういうことか。冒頭にのみ現れる現代のシーンで、犬を連れた女性が、寄り添うふたりの白骨体を見つける。そして鳥がさえずり、クッキーが森を歩く場面から物語ははじまる。穏やかな音楽、植物の揺れる音、川のせせらぎ。観客はふたりが最期まで共にいた、ということをあらかじめ知っていることにより、あたかも環境(音)と一体になって、彼らの死を鎮魂しているような静けさに包まれる。その静けさは、クッキーとルーの親密さが育まれるほどにあたたかいものとなっていく。未来からふたりのことを見ている私たちは、ふたりの親密さがいつまでも続けばいいのにと願ってしまう。そのことに応えるように、決定的な命のやりとりのシーンは映されない。この映画自体が彼らを悼んでいるようで、一作り手として好感を持った。物語ることについて批評的でありながらも見守るような眼差しは、ケリー・ライカート監督の映画の特色だろう。

クッキーは、森のなかで裏返っている小さな爬虫類をわざわざひっくり返してあげたり、家族を失った牛に「残念だったね」「悲しすぎる」と声をかけたりする。こうしたナイーブな主人公は、こと西部開拓時代を題材とした作品では描かれてこなかったのではないだろうか。ふたりの白骨体がこれまで見つからなかったということは示唆的だ。

文:大前粟生 / 小説家
2016年以来、小説、絵本、短歌と研鑚を積み、 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出文庫)が映画化、23年春に公開された。近著に『きみだからさびしい』(文藝春秋刊)ほか。新刊『チワワ・シンドローム』(同)が24年1月に発売。
『ファースト・カウ』
監督・共同脚本/ケリー・ライカート
出演/ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズほか
2019年、アメリカ映画 122分 
配給/東京テアトル、ロングライド
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開中
http://firstcow.jp

*「フィガロジャポン」2024年2月号より抜粋

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