映画監督・深田晃司が観た、ビクトル・エリセ、31年ぶりの長編作品。

Culture 2024.02.11

心躍るキャストとともに、遥かなる探求に踏み出す。

『瞳をとじて』

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『ミツバチのささやき』(1973年)の神話的少女として忘れ得ぬアナ・トレントが、憂いを含んだ笑みに年輪を印す娘アナとしてエリセの映画に里帰り。海辺の開放病棟での澄んだ「呼びかけ」に嗚咽を抑え切れなくなる。

日本の映画監督は多作だとよく海外から指摘される。たしかに私も含め年に1本以上のペースで映画を作る監督は多い。しかし、誰もが内心、憧れているのではないだろうか。そう、ビクトル・エリセ監督のように10年に1本のペースで傑作を作ってしまうことに。エリセ監督の待望すぎる最新作『瞳をとじて』は10年どころではない、31年ぶりの長編監督作で、まずはその帰還を喜びたい。新作を待ちわびた映画ファンの人生のあゆみと重ね合わさるように、それは隔たる時間と記憶、成長と老いについての映画だった。

撮影中に失踪した俳優フリオを巡る物語は、さながら探偵小説のような意外なジャンル性を備え、フリオを探す映画監督ミゲルの姿を縦糸に、フリオとその娘の物語が横糸として織り込まれていく。その娘役を演じるのは、『ミツバチのささやき』の真っ黒な瞳で映画ファンの心に永遠に刻まれたアナ・トレントで、今回もまた「アナ」役を演じている。それだけでも心躍るが、今回は『ミツバチのささやき』で非常に印象的であった台詞があるシーンでアナ自身によって反復される。その演出の充実は決してファンサービスの域に止まらず、旧作を彷彿とさせる陰影を湛えた照明設計の美しさとあいまって、息を呑む名場面となっていた。

父と娘という関係性はエリセ作品にとってはお馴染みのモチーフで、また父の秘密を思う娘の逡巡というのも『エル・スール』と通底する。また、『ミツバチのささやき』の誰かへと手紙を綴る母親、『エル・スール』での父の昔の恋人イレーネ・リオスの存在など、過去を内に秘めた大人の姿が今回も描かれるが、過去作においては子どもの視点から観察し推察されるに過ぎなかった心の秘密も、今やアナも50歳を過ぎ、聖域から眺める子どもはもういない。老いた大人たちが過去の探求に踏み出す『瞳をとじて』はエリセ監督の新たな第一歩だ。

文:深田晃司 / 映画監督
2010年の『歓待』以降の作が軒並み国内外で評価され、16年『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞。18年、フランス芸術文化勲章シュバリエ受勲。その後も『よこがお』(19年)、『本気のしるし 劇場版』(20年)、『LOVE LIFE』(22年)と充実一途。
『瞳をとじて」
監督・共同脚本/ビクトル・エリセ
出演/マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレントほか
2023年、スペイン映画 169分
配給/ギャガ
TOHO シネマズ シャンテほか全国にて公開中
https://gaga.ne.jp/close-your-eyes

*「フィガロジャポン」2024年3月号より抜粋

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