翻訳家・金原瑞人が観た『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』。
Culture 2024.04.27
息子を救うべく奔走する、根は無邪気な母親の真情。
『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』
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2001年、ドイツで暮らしていたトルコ人一家の長男ムラートがパキスタンで逮捕され、テロ容疑者(タリバンの一員)としてアメリカに引き渡され、翌年、キューバにあるグアンタナモ米軍基地内の収容キャンプに収容された。それを知った母親ラビエはムラートを救うために奔走するが、外務大臣もトルコ大使館もろくに取り合ってくれない。結局、弁護士のベルンハルトに助けを求めることになる。そして何度も挫折し、政治的な障害を乗り越えて、ふたりはついにブッシュ大統領を訴えることになり、ワシントンへ! 果たして、ラビエは勝訴できるのか、また、ムラートは釈放されるのか。
実話をもとに作られたこの映画は最後の最後まで観客を離さない。それは展開の緊迫感もあるが、なにより母親ラビエのキャラが際立っているからだ。真剣で愛情深く、ムラートを救い出すために奔走するものの、そのわりに脳天気なところがあり、夫に買ってもらった新車がうれしくて猛スピードで飛ばしたかと思えば、ワシントンでのスピーチでは母親としての真情を吐露して聞く人たちの胸を打つ。
そしてこんなラビエの人間的な魅力に惹かれ、あまりに無邪気で、ときに無神経なところにあきれながらも最後までつき合うことになる、正義感の強い弁護士ベルンハルト。ふたりは絶妙のコンビといっていい。
この映画ではグアンタナモ収容所での悲惨な生活や拷問の場面はないが、それでもこの国家的犯罪の暗い影はいろんな形で伝わってくる。作品の作り方やキャラの演出だけでなく、そういうメッセージの流し方も含め、実にいい映画だ。興味を持った方は、弁護士役のアレクサンダー・シェアーが主演している『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(18年)も観てほしい。これも同監督による実話に基づく映画で、『ミセス・クルナス』同様、味わい深い作品だ。
ヘミングウェイ『武器よさらば』(光文社古典新訳文庫)、ヴォネガット『国のない男』(中公文庫)ほかアメリカ文学から、ヤングアダルト、児童文学まで訳書無尽。著作に『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社刊)ほか。
監督/アンドレアス・ドレーゼン
出演/メルテム・カプタン、アレクサンダー・シェアーほか
2022年 ドイツ・フランス映画 119分
配給/ザジフィルムズ
5月3日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
www.zaziefilms.com
*「フィガロジャポン」2024年6月号より抜粋
text: Takashi Goto