ゴールデンウイークに観たい、重厚な映画3選。
Culture 2024.04.30
スピルバーグが諦めた題材に、イタリアの巨匠が精魂を注ぐ。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』
生死の境の赤子エドガルドが天国に行けるよう、クリスチャンのメイドが密かに洗礼を施す。生還して7歳を迎えたユダヤ人の少年は秘密の発覚により、ボローニャの異端審問官の手引きで誘拐される。新興財閥ロスチャイルドを控えたユダヤ教と教皇擁するカトリックの抗争の人質となり、教皇に従順に仕えはしても、エドガルドのわだかまりは消えない。そんな彼がキリストに帰依する驚き。少年~青年期の内なる体験が、母と父の悲願と化す息子奪還のドラマに霊妙な陰影を与える。市民層の台頭によってローマ教皇の権勢が翳りゆく19世紀イタリア。時代は動き、うねる。息子が死に臨む母と対面する場は、宗教の排他的な罪深さに加え、双方の愛と信仰を賭けた衝撃シーンに。
監督・共同脚本/マルコ・ベロッキオ
2023年、イタリア、フランス、ドイツ映画 134分
配給/ファインフィルムズ
4月26日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開
www.mortara-movie.com
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欧州の難民受け入れ問題の、死活を分かつ現在の切っ先。
『人間の境界』
ここは戦争も貧困も暴力もない民主的楽園への道しるべ。そんな大統領の放言に乗り、アジアやアフリカの難民たちがベラルーシの平原へ。だが、目的地の北欧を目指して森に入ると、そこは国境警備隊が乱暴狼藉を働く無法地帯。害虫駆除さながらに国境の向こうに放り出されるや、今度はポーランドの警備隊が彼らを危険物扱いして投げ返す。国際法違反など朝飯前の暴挙を、ポーランドの先駆的女性監督は子連れのシリア難民の家族を中心に据え、いまを克明にルポするように描く。憤りを抑えて。狩る側、狩られる側、泥沼からの救出戦に挑む地元有志――3方向の視点移動が私たちを震撼させ、ヨーロッパ「最前線」の目撃者にする。ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞受賞。
監督・共同脚本/アグニエシュカ・ホランド
2023年、ポーランド・フランス・チェコ・ベルギー映画 152分
配給/トランスフォーマー
5月3日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開
www.transformer.co.jp
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監督×音楽の名コンビが放つ、自由度の高い作品創造の賜物。
『悪は存在しない』
土地っ子の青年・巧は、信濃に移住してそば店を営む若夫婦の清流汲みを手伝う。清冽さと不穏な予兆を湛えた石橋英子の音楽とセッションするように、町民どうしの互助で成り立つ高原の日常の肌理を、カメラはゆったり濃やかに捉える。そこに東京の芸能事務所が来訪。コロナの助成金目当てに流行りのグランピング場を造る計画らしい。『ドライブ・マイ・カー』(2021年)の濱口監督はこの騒動を、生活と遊離した机上の打算に呆れ、笑えるほど辛辣で軽みのある対話劇に仕立てる。林野は自然児の少女・花が駆け回る共生空間であり、人を容易に寄せつけぬ畏怖の空間でもある。大気と野生の鹿が醸す余情も格別だ。ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(審査員グランプリ)受賞。
監督・脚本/濱口竜介
2023年、日本映画 106分
配給/Incline
4月26日より、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて順次公開
www.aku.incline.life
*「フィガロジャポン」2024年6月号より抜粋
text: Takashi Goto