じわじわと心に響く、6月に観るべき映画3本。

Culture 2024.05.26

アフリカの風と太陽が呼ぶ、羨望と愛憎のページェント。

『美しき仕事4Kレストア版』

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『白鯨』の文豪メルヴィルの遺著『ビリー・バッド』に触発された日本未公開の秀作。未完の小説では謎めいた偏執気質の密告者を映画は大胆にも語り部にし、1990年代末にもう生ける伝説だったドニ・ラヴァンに役をふる。舞台は旧仏領ジブチ。彼が演じる「外人部隊」の上級曹長ガルーは、出自不明の美貌の兵サンタンが訓練中の惨事を勇敢な機転で最小化し、歴戦の大佐に目をかけられると、無垢な若さへ妬みともひがみともつかぬ敵意を抱く。ギラつく太陽。潮風と砂まみれの男たちの躍動美。軍規が綾なす謀略。原作では一撃必殺の鉄拳を食らうガルーの役を、非凡な女性監督は南仏で余生を送る老いらくの追放者にする。それを一転、狂おしい舞踏に解き放つ映画の愉楽感!

『美しき仕事4Kレストア版』
監督・共同脚本/クレール・ドゥニ
1999年、フランス映画 93分
配給/グッチーズ・フリースクール
5月31日より、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国にて順次公開

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頼む声や信じぬく心を乗せ、旅の景色と記憶の旅が融合。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』

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ハロルドは英国南海岸の小都市で妻と静かな日々を送る。定年退職したビール工場のかつての同僚クイーニーから、手紙が舞い込む。死期を告げる手紙。いきさつを知るふうな妻の反対に応じ、綴った別れの返書の投函に、街中のポストの深紅色が待ったをかけるよう。こうしてグレートブリテン島800kmの徒歩縦断という無謀な旅が始まる。多くを放り捨て、クイーニーが横臥する北方のホスピスを彼は目指す。その動機をなす痛恨の心的情景が、未知の人らと野宿し、出会っては別れ、木漏れ日の山道や光る丘を進む旅の現在と渾然一体に。ハロルドに縁ある「何か」の波紋が道々の老若の願いに呼応する佳境は、落涙を免れ得ないかも。ジム・ブロードベント、キャリア随一の好演。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』
監督/ヘティ・マクドナルド
2022年、イギリス映画 108分
配給/松竹
6月7日より、新宿ピカデリーほか全国にて順次公開
movies.shochiku.co.jp

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一歩踏み外すと深みに転落、そんな娘の命懸けの息遣い。

『あんのこと』

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河井青葉演じる母は、20歳の杏をど突き回して稼ぎに出す。街のラブホで間一髪の目に遭った杏は、朽ちた吊り橋を渡るように身を持ち直してゆく。ひと癖ある刑事の支援を得て。シェルターハウスの隣人が幼児を押しつけて立ち去り、拙い育児日記をつけつつ杏がその子を世話する挿話は、束の間の充足感が甘やかにさざめくよう。だが、娘依存が強く、泣き落とし上手の母に杏は見つかり、胸が痛む急展開に。杏が頼る職場や塾がパンデミックで閉鎖に陥るのが、この実話ベースの物語の分岐点だ。入江監督の覚悟ある凝視を受け、同情とは次元の違う「畏敬」を込めて河合優実が捨て身で杏を生き直す。コロナ禍に鬱積した気分の裂け目を、かくも痛切に掴んだ映画はかつてない。

『あんのこと』
監督・脚本/入江 悠
2024年、日本映画 114分
配給/キノフィルムズ
6月7日より、丸の内TOEIほか全国にて順次公開
annokoto.jp

*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋

text: Takashi Goto

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