上野水香×マリアネラ・ヌニェス、初共演のふたりがバレエ愛を語る!
Culture 2024.08.04
東京バレエ団のゲスト・プリンシパルを務める上野水香と、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、マリアネラ・ヌニェスが、7月27日に開幕した世界バレエフェスティバルの特別プロ『ラ・バヤデール』で初共演を果たした。伝説のプリマ、ナタリア・マカロワが振付・演出を手掛ける名バージョンとして知られる本作で、恋敵の役柄を演じたふたりは、マカロワファンという共通点もあって、すっかり意気投合。作品のこと、お互いのこと、バレエライフについてたっぷり語ってもらった。
古代インドを舞台に、寺院の舞姫(バヤデール)であるニキヤ(マリアネラ・ヌニェス)と領主の娘ガムザッティ(上野水香)が、戦士ソロルを巡って火花を散らす。
― ヌニェスさんは、世界バレエフェスティバルには3回目の出演、東京バレエ団にゲストダンサーとして出演するのは今回が初めてですね。
マリアネラ・ヌニェス 世界バレエフェスティバルに最初に出演したのは1997年、14歳の時で、2回目が2009年でした。その後はコロナ期間だったのと、前回2021年の際は、腰を悪くして参加できなかったんです。このフェスティバルに参加することは私の目標だったので、それが再び叶ってとてもうれしいです。
東京バレエ団は昔からよく知っているカンパニーですが、バレエに対して真摯に取り組む姿勢に、とても感銘を受けています。歴史があり、伝統を大切にされているところも本当に素晴らしい。実は、東京バレエ団にゲストダンサーとして出演することが長年の夢だったんです。いままで待った甲斐がありました。というのも、以前より自分は成熟し、これまでに積み重ねてきた経験を観客の皆さんにお届けできるでしょうから、きっと特別な瞬間を感じていただけると思うのです。願いというものはすぐに叶わなくとも、忍耐強く頑張り続けることで、どこかの時点で夢と自分の道がクロスする時がやってくるんです。私は現在42歳で、ロイヤル・バレエ団には26年間在籍していますが、この長いキャリアをもってしても、待ち続けてきた夢が叶う瞬間がやってくるのだから、観客の皆さんにとってもこれはいいメッセージになるんじゃないかしら。
― 今回おふたりは、『ラ・バヤデール』で初共演されますが、ヌニェスさんがニキヤ役、水香さんはガムザッティ役に初めて挑まれます。リハーサルで実際に対峙してみての感想をお聞かせください。
上野水香 経験が実り、それが舞台に生きてくるというのは、私自身もすごく実感するところで、ネラさん(編集部注:ヌニェスの愛称)とは同じような感覚を持っているなと感じましたね。私は現在46歳で、それこそ長年忍耐を持ってやっているところもあるので、同じような思いをしているふたりが、こうして対極する役で舞台に立てることは、すごく大きな意味があるように思います。
ヌニェス 『ラ・バヤデール』は、古典バレエには珍しく、女性の主役がふたりいる作品ですが、そのメインキャラクターを水香さんとシェアできることがすごく光栄です。
上野 私もこれまでにニキヤを何度もやらせていただいていますが、ネラさんのニキヤに対する解釈がとても自由だなと感じました。自分だけにしか出せない表現を、パ・ド・ドゥの中でもすごく出されていたので、これは本当に価値のある舞台になるなと確信しました。
ヌニェス 水香さんがガムザッティを踊ることが、若い世代にとっていいお手本になるんじゃないかしら。なぜなら、ガムザッティは本当に大変な役なんです。それがキャリアを経て、初めて演じられること自体が本当にチャレンジング! 私もニキヤとガムザッティの両方を経験してきましたが、安全領域から抜けて、新しい役をやること、特にガムザッティのような大役に挑むのは本当に大変です。だからそのチャレンジ自体がとても素晴らしいです。自分をプッシュし続け、境界線をなくして立ち向かっていく姿勢は、若い世代への強いメッセージになるはずです。
第1幕 第3場、ガムザッティとソロルの婚約式でのガムザッティの華やかなヴァリエーションは、連続ジャンプが見せ場。
― 水香さんのガムザッティは、ファンの間でも待ち望む声が多かったですが、実際に演じてみての感想はいかがでしょう?
上野 (振付・演出を手がける)ナタリア・マカロワさんには、2009年の東京バレエ団の初演時からニキヤとガムザッティの両方に挑戦しなさいって言われていたのですけど、当時はテクニック的に自信がなくてできなかったんですね。今回、やってみようと決意して、体力的にはすごくハードな役ですが、マカロワ版の「ラ・バヤデール」には、深みがあるから、ガムザッティを演じることが次第に楽しくなっていったんです。世界中で活躍して経験を積み重ねてきたネラさんと、ちょっとお芝居をするだけでもダンサーとしての器量というものをすごく感じましたね。
ヌニェス そうなの! この作品は、経験をきちんと積んだふたりのバレリーナがいることが重要で、バレエを通じてふたりの関係性が見えてくるんです。たとえば、ニキヤとガムザッティが宮廷で直接対決をするファイトシーンがありますが、そこはふたりのパーソナリティが明らかになる場面です。ロンドンでは、ナタリア・オシポワが相手役で、ニキヤとガムザッティを交換しながら演じました。ダンサーにどれだけの器量があるかによって、ふたりの関係性の見え方が変わるのですが、観客にも本当に喜んでいただけました。今回も同じようなことが起こるはずです。
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悲劇に向かって突き進む、信念を持った女性たちの愛憎劇
― ニキヤとガムザッティそれぞれの役の解釈についてお聞かせください。
ヌニェス ニキヤはスピリチュアルというか、ピュアで汚れのない世界の人。対してガムザッティは、甘やかされて育った悪女のように見られがちですけど、私はガムザッティのことを"悪"だとは思っていません。ほかの状況下ではまた違った側面もあるに違いないと。ただ作品中のシチュエーションでは、ふたりにとっては悲劇的なものになってしまったんですね。そうした全く異なるバックグラウンドを持つふたりに共通するのが、強い自分を持っていること。ふたりとも強いうえにリアルな女性だから、どちらも演じることが本当に楽しいんです。ひと晩で両方を踊りたいくらい!
上野 ネラさんが言ってるとおりですね。対極しているように見えるけれど、ふたりはともに悲しい運命を背負っていて......。どちらも強さがありながら、すごく純粋。怒ることに対してもまっすぐ立ち向かっていく人たちだからこそ、ぶつかってしまう。私はこれまでガムザッティって意地悪そうなちょっと怖い人っていうイメージを持っていましたが、いざ自分がやるとなると、そんな風にはとても演じられなくて。彼女の背景まで理解して、その人間性に近寄っていけば、本当はとてもピュアで、幸せになることを夢見ているけれども、思いどおりにならないと立ち向かってしまう女性なんだって思えるようになりました。自分を抑えきれないシーンでも、プライドとか気品を失うことなく行動に移していくところをきっちり演じたいですね。凛とした女性として演じてみると、これまでに私が感じてきたガムザッティ像とはちょっと違う感じになるんじゃないかなと思います。
ニキヤに永遠の愛を誓っておきながら、恋人のソロルはガムザッティと婚約。第1幕は、愛憎渦巻くドラマがたっぷり描かれる。
― 強い女性として描かれるニキヤとガムザッティですが、ご自身との共通点はありますか。
ヌニェス もちろん! どんな人にも両極の面が必ずあって、「白鳥の湖」でいうところの白鳥と黒鳥のような二面性を誰しも持っていると思うんです。
上野 本当にその通りで。だからこそ演じるときには、その人の中にある自分との共通点を見つけて、そこに寄せていくようにしています。全部が一緒でなくても、どこか必ず自分と一致している部分があるので。私の場合は、本当に役に入りきっちゃう感じになりますね。
ヌニェス ただ私が持っていないのは、ガムザッティのアクセサリーやジュエリーかな(笑)。
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― マカロワ版『ラ・バヤデール』の魅力についてお聞かせください。
ヌニェス マカロワ版がベストのバージョンだと断言できます。音楽のアレンジだったり、ストーリーの作り方やセットだったり、ソロだったりウェディングシーンをガムザッティに与えたりとか、そういう振り分けも含めて本当に素晴らしい作品です。さらに、ナタリア・マカロワさんご自身に教えていただきながらこの作品に臨めたっていうことが得難い体験でした。もうひとりの振付指導者のオルガ・エヴレイノフ先生が、今回も一緒に来日されたのですが、彼女と一緒にやってこれたことも大きいです。最初にこの作品に携わったのは、19歳でガムザッティを演じた時で、そのときもマカロワさんとオルガさんの両方から教えていただく機会がありましたが、最高の指導者を得て、この作品と繋がれたことは本当にスペシャルな出来事でした。
上野 分かるなぁ(笑)。私もマカロワさんの『ラ・バヤデール』と、マカロワさんご自身が踊られる白鳥とかドンキが本当に大好きで。リハでネラさんのパ・ド・ドゥを見ただけで、マカロワさんが好きなんだろうなってすごく伝わってきました。マカロワ版『ラ・バヤデール』は、英国ロイヤル・バレエ団のアルティナイ・アスィルムラートワとダーシー・バッセルが主演している映像が最高で、どんな音で何をやるかが全部分かるくらい何度も見ました。それを将来、自分がまさか踊ることになるなんて! 東京バレエ団の初演でニキヤを踊ることになった時に、私もマカロワさんとオルガさんに教わりましたが、憧れのマカロワさんに秘密というかエッセンスを分けてもらえたことは、私にとってもギフトといえる体験でした。その後の別の作品にもすごく生きてきたので、私にとって『ラ・バヤデール』は、特別な作品です。
ヌニェス さらに付け加えるなら、彼女はとても寛大なんです。隠すことなく、最初からすべてを与えてくれるので、リハーサルの前後でまったくの別物になるくらい、ダンサーとしての自分が変わる。おかげでその後はほかの作品に携わっても、違う視点からバレエを考えられるようになりましたね。「彼女だったらこう言うかな」「もっと身体をきちんと使って、と言うかな」とか。オルガ先生も含めて、こういった偉大な指導者と一緒にリハーサルができることは、アーティストにとっては、尽きることのない水を飲ませてもらうような、とてもありがたい経験になります。
27日公演のソロル役に扮したのは、英国ロイヤル・バレエ団の美しき貴公子リース・クラーク。
ヌニェス 『ラ・バヤデール』を踊る時、動きや振付から、昔の黄金期のダンサーたちのバレエをすごく思い浮かべるんですね。テクニックがありながら、魂ごと踊る。私にとってはインスピレーションを与えてくれる存在で、彼らの踊り方や、音に対する感応力は神がかっているというか、魔法のようで、まさにゴールデンエイジというべき輝かしい時代のバレエだと感じます。そういった時代を生きたアーティストたちから教わると、自分の心が開かれて、魂が取り出される......そんな感覚を覚えますが、マカロワさんはまさにそんな指導をしてくれる人。全員が同じニキヤを作り出すのではなく、ひとりひとりが自分のニキヤを見つけることを許してくれるのです。
上野 同感です。いまの時代の人たちって、皆さん上手で綺麗なんですけど、魂が見えてこないこともある。マカロワさんから伝承していただいた私たちは、次の世代にも魂の踊りというものを受け継いでいかねばと感じています。昔の時代のダンサーって、本当にいい意味で全員がおもしろいんです。芸術の輝きだったり、ひとりひとりの個性が光っていたあの頃のアーティストたちの何かを、分かっている人が次の世代に伝えていけるといいですね。そうやって未来のバレエ界を輝かせるべきだなと思います。
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ダンサーとしての情熱、舞台の醍醐味
上野 ネラさんにいくつかお聞きしたいことがあります。世界中で活躍されていますが、舞台に立つうえでどのようなことが重要だと考えていますか?
ヌニェス 私が舞台に立つ時に大事にしているのは、自分のことというより、バレエという芸術表現に対して。私の責任とは、まず観客の方にバレエの歴史やスタイルを伝えることだと思っているんですね。クラシック作品だったらそのキャラクターがどんな人物か、コンテンポラリー作品なら振付家が伝えたいメッセージを正しく表現することを第一に考えています。次に挙げられるのは、私の情熱です。クレイジーと言えるほどバレエへの情熱があるので、それを観客の皆様に伝えることを大切にしています。さらに付け加えるならば、最近は暗い出来事が多すぎて、世界中が悲しい場所になりつつあるので、せめて劇場で過ごす時間はすべてを忘れて楽しんでもらえたらと願っています。それが完璧にとはいかずとも、登場人物の人間性や感情にコネクトすることが重要だと思っています。なぜなら、世の中から人間性が失われつつあると感じるからです。バレエには、高い精神性や人間性といったものが存在し、観る者に結びつける力があると私は信じているので、それをしっかりアピールすることが私の義務だと考えています。
上野 バレエに対して純粋に向き合ってらっしゃることが、すごく伝わってきました。アーティストとして自分がどうあるかっていうこと以前に、自分に何ができるのかをまず考えて、ひとつひとつの舞台に真摯に向き合うことで、人に幸せを与えることを生きがいとされているのですね。そうすることで、幸せが巡って、自分もまた幸せになれるっていうのは舞台人の醍醐味だと思いますが、その原点の部分を常に考えていらっしゃる。これだけたくさんの舞台を踏んでも、ピュアな心を忘れていないのが素晴らしいです。
ニキヤの死に絶望したソロルは、阿片を吸い、幻覚の中でニキヤに再会する。第2幕、影の王国より。
上野 私自身はトゥシューズ選びと確保にすごく苦労しているんですけど、これだけ世界中でたくさんの舞台をこなしているネラさんが、トゥシューズをどうストックされているかが気になります。今回の世界バレエフェスティバルでも、Aプロでドンキを5回、Bプロで海賊を4回踊られますが、これだけステージが多い時、トゥシューズはどうしているんですか?
ヌニェス 今回、スーツケースにトゥシューズは30足くらい入れてきました。服はほとんど入ってないから、本当にトゥシューズだらけ(笑)。もともと私のトゥシューズを作ってくれていたフリードの「A」メーカー(職人)が、コロナの後に制作をストップしてしまったので、その後はいろいろ探して、現在は「P」メーカーのものを使っています。バヤデール用には2〜3足用意しましたが、ドンキのようにフェッテがあるガラ作品だと、ひと晩で1足履き潰しちゃうので、とにかくたくさん用意する必要があるんです。
上野 回転しやすいものと、しにくいものがあったりしませんか?
ヌニェス あまり気にしてないですね。トゥシューズを履いたら、あとは天に任せて行くぞって感じです。
上野 私は靴選び自体がまず大変で。選んでも本番前になるとダメになることもあるので、本当に苦労します。ネラさんのようにこれだけのステージ量をこなすとなると、私だったらもう靴を選べないかも。
ヌニェス 私にも悩んだ時期があったんですよ。でも巡業の機会も多かったし、心理的に乗り越える必要があったんです。「大丈夫! これはいい靴だから」と自分に言い聞かせて。
上野 超越したんだ(笑)。それくらいのマインドじゃないと、それだけの公演数をこなせないってことですね。今後はダンサーとして、さらにどんなことを追求されたいですか?
ヌニェス やりたいことはたくさんあるけれど、自分としてはキャリアを長く重ねていきたいっていうのがまずあります。レジェンドになっているようなダンサーたち、たとえばアレッサンドラ・フェリやシルヴィ・ギエム、マカロワたちは、美しいやり方でキャリアを積み重ねていっている。だから憧れます。もともと私は、プリンシパルに20歳と比較的若くして昇進しましたが、その後はキャリアとしては遅咲きだったように感じています。いまやっているようなことは、普通なら20代で経験することだったかもしれないと思うと、これからもっと進化していかなきゃいけないし、もっと学ぶべきことがある。
上野 そういうふうには見えなかったから意外でした。私も遅咲きタイプなんです。デビューは19歳で、いつも役をいただいたりチャンスをもらえたりしたものの、自分の成長が、後から追い付いてくることも多く、今回のバヤ公演でも、前よりもちょっとジャンプが飛べるようになったかもって発見がありました。遅すぎですが(笑)。
ヌニェス まだまだこれからよ。そんなわけで私のキャリアは、まだ始まったばかり。80歳になっても踊り続けていたいわ!
リハーサル後の対談にて。(上野)ツイードドレス¥140,800/グレースクラス(アイランドショールーム)
会場:東京文化会館
Aプロ・Bプロ・ガラ 8月12日(月・祝)まで開催
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/wbf/
問い合わせ先:
NBSチケットセンター
03-3791-8888
https://www.nbs.or.jp/
photography: Kiyonori Hasegawa, interview & text: Eri Arimoto