第77回カンヌ国際映画祭の受賞作、一気に見せます!
Culture 2024.08.16
作家主義の作品の宝庫であるカンヌ国際映画祭。個性豊かで、深く鋭く先鋭的に人間を描き、シネマカルチャーを牽引するこの映画祭で選出された2024年の受賞作8本を一気に解説。優れた映画と出会いたい人、必読!
パルムドール
『Anora』(原題)
ショーン・ベイカー監督
コメディの形でヒューマニティを浮かび上がらせる。
ニューヨークでセックスワーカーとして働く女性アノーラ(マイキー・マディソン)はロシアの新興財閥の息子(マーク・エイデルシュテン)と恋に落ち、ラスベガスで電撃結婚。それを知った彼の両親は結婚を解消させるために部下を派遣し、自分たちも乗り込んでくる。『タンジェリン』や『レッド・ロケット』でも明らかなように、コメディという娯楽映画のスタイルをとっているものの、性産業で働く人々への偏見を払拭し、人間性を浮かび上がらせる監督の視点は健在。主演のマディソンの存在感も素晴らしく、今後の賞レースでも注目を浴びるだろう。
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グランプリ
『All We Imagine as Light』(原題)
パヤル・カパーリヤー監督
インドの女性の現在を繊細にセンシュアルに表象。
短編がカンヌやベルリン映画祭で上映され、ドキュメンタリー『A Nightof Nothing』は2021年のカンヌの監督週間で上映され、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したインドの新進女性監督パヤル・カパーリヤーがカンヌのコンペに初登場。ムンバイで暮らす女性看護師たちの愛と欲望、生きざまを描く人間ドラマだが、通勤風景や職場での働きぶり、アパートでの共同生活など、現代のインド都市部のリアルな女性たちの日常生活が描かれていて興味深い。同僚が移住した海辺の町に舞台を移す後半は神秘的でセンシュアルに転調し、作品に奥行きを与えている。
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監督賞
『Grand Tour』(原題)
ミゲル・ゴメス監督
ポルトガルの巨匠が描く、モノクロ映像の大作。
『アラビアン・ナイト』(2015年)がカンヌ監督週間に選出、『熱波』(12年)がベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した、ポルトガルの鬼才ミゲル・ゴメス。この作品は、1918年、婚約者の女性から逃れてアジア各地を転々とする英国人エドワードの物語。撮影監督は『ブンミおじさんの森』(10年)や『君の名前で僕を呼んで』(17年)で知られるタイ出身のサヨムプー・ムックディプロームで、モノクロの映像に魅せられる。日本のシーンは『大いなる不在』(23年)の近浦啓監督がプロデューサーとして参加。
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特別賞
『The Seed of the Sacred Fig』(原題)
モハマド・ラスロフ監督
命がけの勇気に賛同、規定外の特別賞を授与。
父は司法省で昇進した保守的な男だが、娘たちは反スカーフ(ヒジャブ)デモで怪我をした友人を匿うリベラルという一家を通して、家父長制、女性蔑視などの問題を描く社会派娯楽作品。前半はホームドラマのようだが、後半は思いがけない方向に物語が展開。2020年のベルリン国際映画祭で『悪は存在せず』が最高賞の金熊賞を受賞しているイランのラスロフ監督は、反体制の監督として、当局に禁錮8年と鞭打ちの刑の有罪判決が下されたが、秘密裏に国外へ出て上映に合わせてカンヌ入りしており、大喝采で迎えられた。
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審査員賞・女優賞
『Emilia Pérez』(原題)
ジャック・オディアール監督
セレーナ・ゴメス、ゾーイ・サルダナ、
カルラ・ソフィア・ガスコン、アドリアナ・パズ
女性の連帯をテーマに、異色ノワール×ミュージカル。
敏腕弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、メキシコのカルテルのボスが女性として生きるための外科手術をアレンジする仕事を受ける。数年後、ロンドンでふたりは偶然再会。『ディーパンの闘い』(2015年)でパルムドールを受賞している名匠ジャック・オディアールが、ミュージカル×クライムアクションという異色のジャンルミックスに挑戦し、見事着地。エミリア・ペレス役をトランスジェンダーであるスペインの俳優カルラ・ソフィア・ガスコンが演じた。女性の連帯を謳った映画として、女優賞は4人に与えられた。
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男優賞
『憐れみの3章』
ヨルゴス・ランティモス監督
ジェシー・プレモンス
ランティモス組に新参入した実力派の演技。
昨年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞したヨルゴス・ランティモスの新作。同じ俳優たちが、まったく別の役柄を演じる3つのストーリーからなるオムニバス映画だ。『籠の中の乙女』(2009年)など、ギリシャ時代からの監督の朋友エフティミス・フィリップが脚本を手がけているだけあり、初期を彷彿とさせるランティモス節が炸裂。エマ・ストーンらなじみの俳優に新顔が加わり、そのアンサンブルが素晴らしい。なかでもジェシー・プレモンスは主演格。スライドしていく役の変化は、リピ観で深掘りの余地あり。
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脚本賞
『The Substance』(原題)
コラリー・ファルジャ監督
ルッキズムへの風刺を込めたボディホラー。
美のカリスマとしてフィットネス番組を持つ元スターのエリザベス(デミ・ムーア)は、50歳の誕生日に年齢を理由に解雇される。"よりよい、もうひとりの自分"を作れるという怪しいクスリ、サブスタンスを使用して、若く美しいスー(マーガレット・クアリー)を生み出すが、やがて互いを敵対視するように。男性社会におけるルッキズムへの痛烈な批判を込めた、ブラックコメディタッチのボディホラー。ラスト30分の流血スプラッター表現は尋常ではない。デミ・ムーアの怪演に注目が集まったが、脚本賞に着地した。
●2024年、イギリス・アメリカ・フランス映画 ●140分 ●配給/ギャガ ●日本公開予定
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カメラドール
『Armand』(原題)
ハーフダン・ウルマン・トンデル監督
ベルイマンを祖父に持つノルウェーの新鋭の作品。
子ども同士でトラブルが起こり、アルマンとヨンの両親は小学校に呼び出されるが、子どもたちの言い分は異なる。真実は謎に包まれるというロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』(2011年)を彷彿とさせるミステリータッチのドラマ。アルマンの母親役を『わたしは最悪。』(21年)のレナーテ・レインスヴェが演じる。短編を経て本作で長編デビューを果たし、カメラドールを受賞したノルウェーの新鋭ハーフダン・ウルマン・トンデルはスウェーデンの巨匠、故イングマール・ベルイマンの孫ということでも注目。
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第77回カンヌ国際映画祭を映画ジャーナリスト立田敦子が解説。
text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki photography: ©Festival de Cannes