フリーデマン・フォーゲルが語る『オネーギン』『椿姫』の魅力、来日公演の見どころは?

Culture 2024.08.27

稀代の振付家ジョン・クランコの遺産を継承するドイツの名門シュツットガルト・バレエ団の来日公演が、今年の11月、フルカンパニーとしては実に6年ぶりに実現する。演目の『オネーギン』『椿姫』は、いずれも同バレエ団から誕生したドラマティック・バレエの傑作で、ファンが上演を待ち望んでいた作品だ。世界中の舞台から出演依頼が殺到するシュツットガルト・バレエ団プリンシパルのフリーデマン・フォーゲルに、来日公演への意気込みと、なじみが深い日本での思い出について語ってもらった。

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端正な甘いマスクと鍛え抜かれた190cmの体躯から繰り出される強靭かつしなやかなテクニック、そして成熟した巧みな演技で、世界的人気を誇るフリーデマン・フォーゲル。『ボレロ』のメロディーを踊ることを許された、選ばれしダンサーでもある。シュツットガルト出身。

―コロナ禍の制約によって、2022年のシュツットガルト・バレエ団の日本公演がガラの上演に変更された経緯があるだけに、日本のファンにとって待望の全幕公演の実現です。

シュツットガルト・バレエ団のフルメンバーで、日本公演を行うことをすごく楽しみにしています。それも自分たちにとってアイデンティティと呼べるふたつの重要な作品をお見せできるのです。僕たちは皆、日本が大好きだし、待ちきれないね!

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世界中のダンサーが踊ることを切望する、すれ違いの悲恋の最高傑作『オネーギン』

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ロシアの文豪プーシキンの原作を基に、カンパニーの創業者ジョン・クランコが振付した『オネーギン』はドラマティックバレエの金字塔。感情を雄弁に語るダンスによって、胸締め付けられる物語が流麗に展開されていく。第1幕より、帝都からやってきた憂鬱の貴公子オネーギン(フリーデマン・フォーゲル)に、素朴な田舎で暮らす純朴なタチヤーナ(エリサ・バデネス)は惹かれ、恋に身を焦がす。

― オネーギンは、複雑な内面を抱える難しい役どころですが、あなたの当たり役のひとつです。これまでに何度も演じてこられましたが、役作りで大事にしていることは?

同じことを繰り返すのはつまらないので、演じるたびに新しい発見を見いだすようにしています。特にこの『オネーギン』は、幕が開いた瞬間からオネーギンとして生きることが求められる作品だから、真実味を出すことを何より重視しています。たとえば本を読んでいるタチヤーナに、何を読んでいるのか尋ねて、本を開くシーンがありますが、当然初めてであるかのように演技することを心がけています。たとえ何度も経験してきた動作であっても、毎回初めてのこととして振る舞い、その瞬間を生きることを大事にしています。同じ物語でも、毎回違う視点から描くには、自分の想像力を広げておく必要があるので、踊り以外からも常にインスピレーションを得られるように普段から意識しています。

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時が経ち、ペテルブルグの舞踏会で出会った気高く美しい人妻が、かつて自分が愛を拒絶したタチヤーナであったことを知ったオネーギンは、彼女に熱烈に求愛する。チャイコフスキーの叙情豊かな音楽にのせて、すれ違ってしまったふたりの愛の葛藤が描かれる。

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甘く切ない名作の世界を狂おしく描く、鬼才ノイマイヤー版の『椿姫』


―『椿姫』では、アルマン役です。今夏に開催された世界バレエフェスティバルのAプロでは、先だって第1幕のパ・ド・ドゥを披露されましたが、抜粋でも一瞬で物語を観客に伝えていました。あなたの考える『椿姫』の魅力についてお聞かせください。

アルマンについて言えば、マルグリットに対して、「自分は若すぎることはなく、愛に年齢は関係ない」と訴える場面があるのですが、そんなピュアな情熱こそアルマンの魅力ですね。また、ストーリーの展開とともに感情が複雑に絡まってくるところもこの作品のおもしろさです。たとえば『ロミオとジュリエット』のロミオなら、終始、「愛している」「あなたのためなら死んでもいい」ともっとシンプルですが、『椿姫』は感情に複雑な重なりがあり、繊細に演じなければいけない瞬間があります。それをどう演じるかが醍醐味です。アルマンの純粋さにもさまざまな複雑さがあるので、いろいろな表現を試みて、毎回異なるアプローチになるようにしているんですよ。

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19世紀のパリを舞台に、高級娼婦マルグリット(エリサ・バデネス)と青年アルマン(フリーデマン・フォーゲル)の悲恋を描いた『椿姫』を、巨匠ジョン・ノイマイヤーが原作小説に立ち戻って描く。第1幕、通称"紫のパ・ド・ドゥ"は、アルマンの情熱的な愛の告白に、マルグリットが心揺さぶられる名シーン。

― 相手役のエリサ・バデネスさんとのパートナーシップも安定感抜群です。役作りに関して、どのような会話をされているのでしょうか。

彼女とコミュニケーションを図るうえで、言葉はいらないと思っています。お互いがどんなことを求めているか、役をどのように解釈しているかは、身体の動きですぐ感じ取ることができます。確かにテクニカルな面で、たとえばリフトの時にもうちょっと左がいいだとか話したりはするけれど、それ以外のことは、身体で感じ取りながら進めていますね。

―『椿姫』の振付・演出を手掛けたジョン・ノイマイヤーが、公演に合わせて一緒に来日されます。

幸いにもノイマイヤーがリハーサルを見てくれることになっているので、すごく楽しみにしています。あいにく(『オネーギン』を創作したジョン・)クランコははるか昔に亡くなったので、直接話を聞くことができなかったけれど、ノイマイヤーとはディテールについて話せる機会があるので、インスピレーションを多分に得られると期待しています。ノイマイヤーは作品の進化を止めることを厭わず、常に改良を試みようとする人。だから演出もどんどん更新されていくし、作品としてもアップデートされるので、いつだって観客の皆さんに共感していただける舞台をお届けできるわけです。そうできるのが彼の素晴らしいところですね。

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同時代を生きたショパンの旋律にのせて、恋人たちの心情の変化までダンスによって克明に描かれる。パトロンの庇護を捨てて、アルマンとの慎ましくも愛のある生活を選んだマルグリットが、白昼夢のような束の間の幸せに酔いしれる第2幕より。

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聖域であるホームカンパニーと、舞台に生きることへの情熱。


― 現在のシュツットガルト・バレエ団についてお聞かせください。

今年は、僕のバレエ団在籍25周年にあたります。自分にとって、シュツットガルト・バレエ団は家族みたいな存在です。ほかのカンパニーにゲスト出演することがあっても、シュツットガルトに戻ってくると、どれだけ特別で、いかにインスピレーションを与えてくれる存在であるかを実感します。クランコが提唱したスピリットは、彼亡き後の芸術監督であるマリシア・ハイデやリード・アンダーソンら、シュツットガルトに縁がある者に脈々と受け継がれているわけですが、これこそがシュツットガルトのいいところですね。僕の25周年記念ガラの際に、マリシアとリード、そして現在の芸術監督であるタマシュ・デートリッヒの3人が並んでトークショーを行ったのですが、新旧のディレクターが同じビジョンをいまでも共有していて、さらに一堂に会することができるというのは、ほかのカンパニーでは見られないことだし、模範にもなるんじゃないでしょうか。

― コロナ後、再び世界中の舞台で活躍されていらっしゃいます。ステージに立つ時に心構えとして大事にされていることは?

人間なので、その時々でいろんなことを感じていたり、コンディションが良くなかったり、十分眠れなかったりということもあるのですが、どんな時でも舞台に立つ瞬間を大事にしています。舞台という性質上、何が起こるか分からない部分があるので、その瞬間に集中し、対応できるようにしています。また、どこで踊るかではなく、何をどのように踊るかってことが大事だと思っています。動きで表現するダンスは、雄弁に感情を語ることができるので、言語はいらないというのも魅力ですね。

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数々の公演を行ってきた、日本での思い出


― 来日される機会も多く、これまでにたくさんの舞台を日本で披露されてきました。特に印象に残っている公演について教えてください。

日本には素晴らしい思い出がいくつもあるんですけれども、自分のキャリアにおいて重要なキーポイントとなるようなパフォーマンスも多くありました。僕自身の初演となる公演も東京で何度かやらせてもらっていて、クランコ版の『ロミオとジュリエット』(2005年)はシュツットガルトの公演で、2013年にはマクミラン版の『ロミオとジュリエット』をミラノ・スカラ座との共演でそれぞれ披露しました。そして、2022年は、ガラ公演に変更したおかげで、東京バレエ団と一緒に『ボレロ』を踊ることができたのも忘れられない思い出です。日本で『ボレロ』を踊ることは自分の願いのひとつだったので、実現でき、とてもうれしかったですね。

― 今夏の世界バレエフェスティバルの期間中、東京でグルメを楽しんでいるところをInstagramのストーリーで紹介していました。日本ではどのように過ごされていますか?

東京は大きい都市なので、まだまだ見尽くせていないですが、なんだか魔法にかかったような気分になります。伝統的な部分と、渋谷のスクランブル交差点のようなクレイジーでせわしないところが融合しているのが面白いですね。毎回来るたびに新しい発見があります。2日前にもグーグルで調べた温泉に、タクシーで行ってきたんですけれど、道が混雑していても1本路地に入ると静かな住宅街になっていて、そういった奥深いところも興味深く感じました。昨年の話になりますが、夏に京都に滞在した時に古民家を借りました。ちょっとした日本庭園とお風呂があったのですが、すごくゆっくりできましたよ。自転車がついていたので、京都中を回ったりもしました。ただ、8月だったのでかなり暑かったのが残念でしたけど(笑)。

― バレエ以外の時間の過ごし方を教えてください。

バレエに情熱を注いではいるけれど、時間も気力も取られてしまうし、そればかりだと壊れてしまうので、もちろんほかのことにも目を向けています。さまざまなアートや建築物を見る時間は、自分にとってインスピレーションを取り入れるためのとても重要なものです。踊っている時は身体を酷使しているので、たとえば1日に5~6時間身体を使ったら、それ以外は身体を使わないことに時間を割くようにしています。

― 今後は、ダンサーとしてどんなことを追求していきたいですか?

自分のキャリアはこの先まだまだ長いと考えていますし、ピークもこれからです。いまの自分だから出せる表現もあるし、パフォーマンスもその都度変化があります。ぜひシュツットガルト・バレエ団の特別な2作品をご自分の目で観てほしいですし、ディテールを凝らしたその世界観を生で体感していただけたらと願っています。

シュツットガルト・バレエ団 2024日本公演
『オネーギン』/『椿姫』
会場:東京文化会館
日程:『オネーギン』11月2日(土)14:00、11月3日(日・祝)14:00、11月4日(月・休)14:00
『椿姫』11月8日(金)18:30、11月9日(土)14:00、11月10日(日)14:00
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/stuttgart/

問い合わせ先:
NBSチケットセンター
03-3791-8888
https://www.nbs.or.jp/

photography: Shoko Matsuhashi(Portrait), Stuttgart Ballet(Onegin), Roman Novitzky/Stuttgart Ballet(Onegin, Lady of the Camellias) interview & text: Eri Arimoto

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