銀座のシャネル・ネクサス・ホールに出現した「創造の庭園」へ。

Culture 2024.10.31

東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで『Everyday Enchantment 日常の再魔術化』展が開催されている。国際的に活躍するキュレーターである金沢21世紀美術館館長の長谷川祐子が、自身の経験をもとに後進を育成するため立ち上げた研究室「Hasegawa Lab」出身の若いキュレーターたちが、長谷川の指導のもと展覧会の企画を手がけるプロジェクトだ。

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-01.jpg

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-02.jpg

数年にわたり開催されるこのシリーズの第1回となる本展では、イギリス人のフィン・ライヤンと中国出身の佳山哲巳がキュレーターとして参画する。出展作家はビアンカ・ボンディ、小林椋、丹羽海子の3名。探究するテーマも制作背景も異なるアーティストたちの作品が、建築家・小室舞のセノグラフィーにより絶妙の配置で設えられ、驚くほど調和と示唆に満ちた「庭園」を創り出した。

---fadeinpager---

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-03.jpg

南アフリカ出身のビアンカ・ボンディ(1986年生まれ)は、塩の結晶や苔といった変化する鉱物や有機物を用いて、自然のプロセスを経て物質がより純粋でスピリチュアルなものに精製される錬金術的な転換を探究してきた。

本展では、太平洋の深淵で発見された、電気を発することで酸素を生成する金属鉱床についての科学論文から着想を得て、精緻なタペストリーのインスタレーションを発表。フランス・オービュッソンの由緒ある織物工房との協働によって制作されたタペストリーは、海中に浮遊する有機物の画像を再構成し、金属が酸化していく経緯を示す深い色調で彩られている。あたりには、塩と水の有機的な出合いともいえるイメージで調香された懐かしい香りがほのかに漂う。

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-04.jpg

「光合成をする植物や藻類など生物だけが酸素をつくり出すのでなく、非生物の物質も生態系に関わる役割を果たしているという発見です。レアメタルとして企業に搾取される前にこの研究が保護されるよう、アーティストとして敏感に注視したいと思っています」とボンディは言う。

「古来儀式に使われてきた塩のように、日常的でありながら神秘性を持つ物質に焦点を当てることで、魔術的なものが自然界の本質的な部分に存在することを表現してきました。近年ふたたび、錬金術など魔術的な現象に注目が集まっています。長くマイノリティだった人々が声を取り戻しつつあることや、差別や暴力により人間性への信頼が揺らいでいることから、宗教による救いを超えて、世界を新たに捉え直す方法が必要とされているのだと思います」

---fadeinpager---

ボンディの作品に呼応するように、若手作家たちのインスタレーションが伸びやかに展開される。

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-05.jpg

小林椋(1992年生まれ)は、ちょっとダサめに外した中間色のオブジェクトが規則的に運動する装置のような彫刻を空間に配した。家具や家電のようでいて用途や目的はなく、周囲に響いている音も街中のコンビニや植込みなどで採取されたノイズや生活音だ。タイトルも、本展の新作『ここから握り見ることのできる節足の引き潮は段々』のように、意味ではなく音感や文字の造形によって単語を選択している。何者にも規定されず自らを律するマシンたちが醸す異化効果により、心地良いアナーキズムとも呼びたい心的風景が立ち現れた。

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-06.jpg

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-07.jpg

「1930年代のアメリカでは、可塑性のある新素材プラスチックによって、さまざまな製品が大量生産されました。廃棄物のコールタールを有効活用するため、錬金術のように"何か"と混ぜ合わせる方法でたまたま生まれたのが、20世紀のマジカルな物質であるプラスチックです。当時流行した家電などに見られる流線型のインダストリアルデザインも、機構や性能を安全に覆い隠すボックスとして、大衆文化の繁栄のもとに普及しました。僕がこれまで制作してきた作品の背景に今回のテーマである魔術性との結び付きを感じて、あらためて拾い直したいと考えました」と小林は語る。

---fadeinpager---

241028-art-exhibition-Everyday Enchantment-chanel-08.jpg

丹羽海子(1991年生まれ)は、身体やジェンダーに囚われないオルタナティブな人間のあり方を、脆く儚い素材を用いた彫刻を通して表現する。本展では、アメリカのリサイクルショップで見つけた、男の子が女の子にキスをするピューター製のフィギュアを溶かして、性別を超えた新しい生きものを鋳造し、やがて色褪せ朽ちていく花や木の枝で装飾を施した。本作の発想のもとには、ベルニーニの彫刻で知られるギリシャ神話の「ダフネ」の物語がある。アポロン神に見そめられたニンフ(精霊)のダフネはその腕から逃れようとするが捕えられる。その瞬間に父神ゼウスに救いを求めるが、生きたまま逃がすのではなく月桂樹に姿を変えられてしまう。

241028-art-exhibition-Everyday-Enchantment-chanel-09.png

「アイデンティティを引き剥がされて樹になったダフネにも、韓国の作家ハン・ガンの『菜食主義者』に描かれた社会の暴力に耐え切れず絶食する女性にも親近感を感じます。トランスジェンダーのコミュニティでは、喪失の中で生きる人や死を選ぶ人も多く、いまこの瞬間の記憶を大切にしようと常に考えています。道端に落ちていた小さなプラスチックのイヤリングを初めて身につけた時、秘められたクローゼットから出る勇気をもらったように、毎日の小さな魔法が自分の中で何かを変えてくれることもあるのです」と丹羽は語ってくれた。

「日常の再魔術化」と名付けられたこの展覧会は、風と光が通り抜けるように清々しい展示で、取材後もまだしばらく過ごしていたいと思うユートピア的空間を創り出していた。話を聞かせてくれた作家やキュレーターたち自身が、この世界にそのような場所があってほしいという願いを共有していると感じた。それはあらゆる存在が想像力を持って共存し、社会や自然の中でまだ息を潜めている錬金術的な変化を信じることのできる場所のことである。

『Everyday Enchantment 日常の再魔術化』
会期:開催中〜2024/12/8
CHANEL NEXUS HALL
営)11:00~18:30 最終入場 ※11/7〜10は10:00〜18:30最終入場
入場無料
https://nexushall.chanel.com/

text: Chie Sumiyoshi photography: ©️CHANEL

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Business with Attitude
Figaromarche
あの人のウォッチ&ジュエリーの物語
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories