ガブリエル・シャネル、映画愛のクチュリエ。
Culture 2025.01.01
ガブリエル・シャネルは映画を愛し、映画とファッションの可能性、新しい時代のクリエイティブへの夢を追いかけた人物だった。スクリーンの中でシャネルのファッションが光る映画たち。膨大なシネマリストの一部をここで紹介。まずは、ガブリエル・シャネル存命中に作られた1960年代までのクラシックシネマを紹介。
『今宵ひととき』
監督はハリウッドの黄金期を牽引するマーヴィン・ルロイ、主演は"ハリウッドの女王"として君臨したグロリア・スワンソン。NYのメトロポリタン歌劇場の舞台に立つことを目指すオペラの歌姫と謎の男が巻き起こす恋愛コメディ。ガブリエル・シャネルは本作のために多数の衣装をデザイン。すでに人気に翳りの出ていたスワンソンの起死回生の作とはならなかったが、150cm台と小柄な彼女をシンプルなドレスが魅惑的に演出している。
●監督/マーヴィン・ルロイ ●出演/グロリア・スワンソン、メルヴィン・ダグラスほか ●1931年、アメリカ映画 ●80分
『詩人の血』
アヴァンギャルド映画の古典とされるジャン・コクトーの初監督作品。夢と死の世界を彷徨う青年詩人の姿を幻想的な映像で描き出す。舞台、バレエに次いでシャネルが長年の友人を支援すべく衣装を担当。彫像として登場するリー・ミラーが纏う簡素なギリシャ風トーガが神秘的な美しさをスクリーンに焼き付ける。
Le Sang d'Un Poete/The Blood of A Poet
●監督・脚本/ジャン・コクトー ●出演/リー・ミラー、ポーリーヌ・カルトン、エンリケ・リベロほか ●1932年、フランス映画 ●50分 ●Blu-ray 発売:シネマク ガフィン 販売:紀伊國屋書店 ¥5,280
『霧の波止場』
『天井桟敷の人々』で知られる名匠マルセル・カルネ監督の長編第2作。ジャン・ギャバン演じる脱走兵のジャンは港町ル・アーヴルでミシェル・モルガン演じる17歳の美しいネリーに出会い、お互いに惹かれ合うが----。タイトルどおり暗い霧に包まれた波止場のモノクロームの情景とジャック・プレヴェールの台詞がふたりの儚い運命を詩的に表現している。シャネルが考案したモルガンのコート姿に注目。
●監督/マルセル・カルネ ●出演/ジャン・ギャバン、ミシェル・モルガン、ミシェル・シモンほか ●1938年、フランス映画 ●90分 ●U-NEXTにて配信中
『ラ・マルセイエーズ』
税官吏アルノーと親友ボーミエの革命闘士を軸に、マルセイユ義勇兵が愛唱歌とともにパリに進軍する姿を描いた歴史ドラマ。フランス革命が題材ながら、リアルな人物描写で時代の波に翻弄される人間の運命を描き出す。監督と親交の深かったシャネルが、リーズ・ドラマール演じるマリー・アントワネットの衣装をデザイン。
La Marseillaise
●監督/ジャン・ルノワール ●出演/ピエール・ルノワール、リーズ・ドラマール、ルイ・ジューヴェほか ●1938年、フランス映画 ●132分 ●Blu-ray 発売:シネマクガフィン 販売:紀伊國屋書店 ¥16,060
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『ゲームの規則』
上流社会の享楽と偽善を鋭く風刺するジャン・ルノワールの代表作。ラ・シェネイ侯爵夫妻の狩猟パーティに集った夫の愛人ジュヌビエーブ、妻の幼なじみのオクターブ、彼女を慕う飛行家アンドレ、小間使いのリゼットとその夫の密猟監視人シュマシェールらが繰り広げる恋愛遊戯の結末は? 夜会のソワレやハンティングスーツなど鍵となるシーンをシャネルの衣装が優雅に彩る。
●監督・脚本/ジャン・ルノワール ●出演/マルセル・ダリオ、ジャン・ルノワール、ノラ・グレゴールほか ●1939年、フランス映画 ●106分 ●prime video、U-NEXTにて配信中
『ブローニュの森の貴婦人たち』
ディドロの小説『運命論者ジャックとその主人』を原作にロベール・ブレッソンが脚本と監督、ジャン・コクトーが台詞を手がけた愛と復讐の物語。長年の恋人ジャンの愛を確かめようと別れ話を切り出したものの、あっさりと同意され、彼への復讐を策略する主人公の貴婦人エレーヌの意志的な側面は、シャネルが着想源という説も。
Les Dames du Bois de Boulogne/The Ladies of The Bois de Boulogne
●監督・脚本/ロベール・ブレッソン ●出演/ポール・ベルナール、マリア・カザレス、エリナ・ラブルデットほか ●1944年、フランス映画 ●85分 ●Bluray 発売・販売:アイ・ヴィー・シー ¥5,280
『死刑台のエレベーター』
ルイ・マル25歳の長編デビュー作は、スタイリッシュなモノクローム映像とマイルス・デイヴィスのモダンジャズが共鳴する傑作サスペンス。不倫関係にあるフロランスとジュリアンは彼女の夫を殺す完全犯罪を企てるが̶̶。不安と倦怠の表情を浮かべて夜のパリを歩くフロランス役のジ ャンヌ・モローが圧倒的に美しい。
Ascenseur pour L'Echafaud/Elevator to The Gallows
●監督・共同脚本/ルイ・マル ●出演/ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ、リノ・ヴァンチュラほか ●1957年、フランス映画 ●92分 ●Blu-ray 発売・販売:角川書店 ¥5,280
『恋人たち』
裕福な新聞社経営の夫との日常に飽きたりないジャンヌは、パリの社交界の花形ポロ選手と関係を持ち、偶然知り合った若い学者ベルナールと情熱的な一夜を過ごし......。当時の社会通念を超えた女性像をジャンヌ・モローが体現。主人公の内面に潜む退屈や孤独、愛の衝動によって自己を解放していく心の変遷を繊細に演じている。彼女の仕草のひとつひとつにシャネルの衣装が寄り添う。
●監督・共同脚本/ルイ・マル ●出演/ジャンヌ・モロー、アラン・キュニー、ジャン=マルク・ボリーほか ●1958年、フランス映画 ●89分
『危険な関係』
ラクロの18世紀の同名小説を現代パリの上流社会を舞台にロジェ・ヴァディム監督が映画化。ジェラール・フィリップとジャンヌ・モローが演じる魅惑的で冷酷な外交官夫妻は、互いの情事を報告し合う奇妙な関係。危険な恋愛ゲームはふたりを破滅へと導いていく。背徳の美しさをた たえたモローの衣装はすべてシャネル。セロニアス・モンクのジャズも必聴。
●監督・共同脚本/ロジェ・ヴァディム ●出演/ジャンヌ・モロー、ジェラール・フィリップ、ジャンヌ・ヴァレリー、アネット・ヴァディムほか ●1959年、フランス映画 ●約109分 ●U-NEXTにて配信中
『去年マリエンバートで』
バロック様式のホテルを舞台に名前すらない女と男が織りなす迷宮のような物語。男は「去年ここで会った」と語りかけるが、女は記憶がない。ヌーヴォーロマンの旗手アラン・ロブ=グリエが脚本を担当、過去と現在、夢と現実が錯綜する別世界へと誘う。主演のデルフィーヌ・セイリグの衣装はシャネルスタイルの集大成。永遠に美しいアラン・レネの代表作。
●監督/アラン・レネ ●出演/デルフィーヌ・セイリグ、ジョルジョ・アルベルタッツィ、サッシャ・ピトエフほか ●1960年、フランス・イタリア映画 ●94分 ●prime video、U-NEXTにて配信中
『夜』
アントニオーニ監督の"愛の不毛三部作"のひとつ。結婚して10年になる流行作家のジョバンニと妻のリディアは何不自由ない生活を送りながらも、心の空洞を埋められないでいる。現代社会の虚無感を象徴するようなふたりをマルチェロ・マストロヤンニとジャンヌ・モローが熱演。彼女が歩く荒涼とした風景と、黒いドレスが心の孤独を映し出す。
●監督・共同脚本/ミケランジェロ・アントニオーニ ●出演/マルチェロ・マストロヤンニ、ジャンヌ・モロー、モニカ・ヴィッティ、ベルンハルト・ヴィッキほか ●1961年、イタリア・フランス映画 ●122分
『ボッカチオ'70』「仕事中」
14世紀の作家ボッカチオなら現代の愛や道徳をどう描くかという発想で、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティらイタリアの巨匠4人が手がけたオムニバス映画。ヴィスコンティによる第3話「仕事中」に出演したロミー・シュナイダーのシャネルのスーツの着こなしは、さりげなく完璧。彼女自身「シャネルが私にエレガンスのすべてを教えてくれた」と語っている。
●監督・脚本/ルキノ・ヴィスコンティほか ●出演/ソフィア・ローレン、ロミー・シュナイダー、アニタ・エクバーグほか ●1962年、イタリア・フランス映画 ●165分
『鬼火』
死を決意した元作家アランの最期の48時間を綴る。アルコール依存症の施設を離れてパリに戻った彼は、かつての友人や恋人を訪ね、生きる意味を見つけようとするのだが̶̶。監督のルイ・マルは周囲から疎外され、絶望を深めていくアランの内面を冷徹に映し出す。モノクロームのパリの街並みやエリック・サティのピアノが彼の虚無感をさらに浮き彫りにする。シャネルがメインの女優たちの衣装を多数手がけている。
●監督・脚本/ルイ・マル ●出演/モーリス・ロネ、ベルナール・ノエル、ジャンヌ・モローほか ●1963年、フランス映画 ●108分
『男と女』
フランシス・レイの旋律が耳に残る、クロード・ルルーシュ監督の恋愛映画の名作。スタントマンの夫を目の前で亡くした女と妻に自殺された男の大人の恋を、アヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャンというフランス映画界の名優が演じる。抑えきれない思いが交差するドーヴィルの海辺のレストランのシーン。そこにはエーメ自身のシャネルのバッグが置かれていた。
●監督・共同脚本/クロード・ルルーシュ ●出演/アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、ピエール・バルー、ヴァレリー・ラグランジェほか ●1966年、フランス映画 ●104分
『夜霧の恋人たち』
フランソワ・トリュフォー監督とジャン=ピエール・レオ主演による連作「アントワーヌ・ドワネルの冒険」第3作。陸軍を除隊し仕事を転々とするアントワーヌの成長と恋が軽妙なタッチで描かれる。20代の彼が憧れる大人の恋の相手役としてデルフィーヌ・セイリグが出演。シャネルのスーツをエレガントに着こなした彼女は、アントワーヌの理想を体現している。
●監督・共同脚本/フランソワ・トリュフォー ●出演/ジャン=ピエール・レオ、クロード・ジャド、デルフィーヌ・セイリグ、マリー=フランス・ピジェ、ミシェル・ロンズデールほか ●1968年、フランス映画 ●101分
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*「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋
text: Kaori Tsukamoto