文筆家・村上香住子が胸をときめかせた言葉を綴る連載「La boîte à bijoux pour les mots précieuxーことばの宝石箱」。今回はフランスを代表する文豪、アレクサンドル・デュマ・ペールの作品から、人生の指針になるような名言を贈る。
2024年度のフランス映画の中で、国内だけで940万人の集客、という驚異的なヒット大作となった『モンテ・クリスト伯』(原題)では、主役のエドモン・ダンテスを演じるピエール・ニネの熱演が話題になっている。
「僕は20歳の頃にこの原作を読んで、ダンテスに夢中になり、よく声を出して読んでいたものです。まさか自分がその役をもらうなんて、夢にも思っていなかった」
彼はそう語っている。まだそれほど知名度がなかった頃、来日した彼をインタヴューして、撮影をしたことがあった。撮影の合間には、少しでも時間があると、多分パリの恋人にずっと電話をしていたのを覚えている。外見は内向的に見えるが、中身はイメージ通りになかなか「熱い男」のようだった。
現在フランス映画を代表する男優のひとりピエール・ニネが演じるエドモン・ダンテスは、フランス人にとって国民的なヒーローなのだ。
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19世紀半ばに活躍した文豪アレクサンドル・デュマ父は、日本では『がんくつ王』が青少年冒険小説として知られているので、そうした若者向けの作家だと思われていたようだ。だが時を経たいま、その壮大でロマネスクな歴史小説は、ヴィクトル・ユーゴーと並んで、フランスのシェークスピア、といわれてもけして過言ではないという人もいる。当初から彼の小説があまりにも大衆受けをしたせいで、文学史的な視点からすると、むしろ大衆小説家だとみなされるようになったらしい。
とはいえフランス人の若者が感受性豊かな若い頃に読んだ『モンテ・クリスト伯』や『三銃士』の主人公たちは、その後の人生で、どこまでも付きまとうひとつの理想像となっているようだ。
激しい情熱を胸に抱えている男の生涯は途方もなくロマネスクで、壮大なものになっていく、という彼の小説同様に、アレクサンドル・デュマ父、文豪本人も、実は生まれた時からひとつの十字架を背負わされていた。
青く透き通った瞳をしていたアレクサンドルだったが、その肌は浅黒く、いわゆるメティス(混血)の風貌をしていた。それは侯爵だった祖父が、仏領サン・ドマングに行き、現地の黒人奴隷と恋の堕ち、そのふたりの間に産まれた子が父親だったからだ。
だが本人にしてみれば、両親はフランス人で、自分はフランスで生まれているのに、どうして世間は自分をメティス扱いするのだろう。なぜ祖父の過ちを自分は背負っていかなければいけないのだろうか。幼い頃から、そうした世の中から不当な扱いを受けることに対して、彼は苛立たしい感情を抱いていたに違いない。
そうした暗い感情は、愛する女性ができると、ますます色濃くなっていったようだ。
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『モンテ・クリスト伯』は、無実の罪をきせられて14年間獄中にいた男の復讐劇だけど、復讐というのは、単なる憎悪から生まれるものではなく、その核になって彼を支えていたのは実は愛だった、という筋立てが、フランス人がこの作品を好きな所以だと思う。
「愛」は、いつの時代もフランス人の心を揺るがす魔法の言葉のようだ。
横浜フランス映画祭 2025が、今年も3月20日から開幕するそうだが、そのオープニング作品が『モンテ・クリスト伯』で、監督のアレクサンドル・ドゥ・ラ・パトリエールとマチュー・デラポルトが訪日する予定だ。
その際のイベントとして、3月22日に両監督を迎えて、私がマスタークラスを担当することになった。大任だけど、壮大なロマンを映画化した話題のおふたりに直にお話しできるとは千載一遇の機会、出来る限りの努力をしたい。

Alexandre Dumas, père
1802年、北フランスエーヌ県生まれ。父は仏領サン・ドマング(現ハイチ)で貴族と黒人奴隷の間に生まれ、フランス革命とナポレオン戦争で武勲を立てフランス軍で有色人種初の将軍となったトマ=アレクサンドル・デュマ。ナポレオンと父の関係悪化により、困窮した少年時代を送ったのち、劇作家としてデビュー。バルザックと並ぶ新聞連載の小説家となり、1844年から始まる『三銃士』で大ブレイク。続編となる『二十年後』、『モンテ・クリスト伯』をはじめとした歴史小説から旅行記、料理辞典まで幅広く手がけたのち、1870年に68歳で逝去。『椿姫』(1824年)で有名なアレクサンドル・デュマ・フィスは彼の息子。

フランス文学翻訳の後、1985年に渡仏。20年間、本誌をはじめとする女性誌の特派員として取材、執筆。フランスで『Et puis après』(Actes Sud刊)が、日本では『パリ・スタイル 大人のパリガイド』(リトルモア刊)が好評発売中。食べ歩きがなによりも好き!
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