バレエ×フィギュアの饗宴が再び! 上野水香と町田樹が舞踊に捧げる情熱を語る。
Culture 2025.04.02
昨年4月、「上野の森バレエホリデイ」の特別企画として上演され、おおいに話題を集めた異色の舞台『パ・ド・トロワ』が、今春、パワーアップして帰ってくる。それぞれが稀有な表現者である上野水香、町田樹、高岸直樹が、新作を携えて、再びバレエとフィギュアスケートの技術と表現の粋を集めた舞踊に挑戦する。公演に向けて東京バレエ団のスタジオでリハーサルを行う上野水香と町田樹に、このステージにかける想いを伺った。

衣装協力:Sportmax(上野)、ISAIA(町田、高岸)
― リハーサルを拝見しましたが、息もぴったりのおふたりです。そもそも『パ・ド・トロワ』が実現した経緯とは?
町田樹 フィギュアスケートとバレエって、異なるけれども実はとても近い文化を共有していて。水香さんとは2020年の「上野の森バレエホリデイ」で初めて対談させていただいて以来、表現とは何かとか、振付論とか、毎年トピックを変えながら対談してきましたが、4年目を迎えたところで「もう喋ることないよね」ってなった時、じゃあ今度は踊ってしまおう!ってことで、我々の師匠である元東京バレエ団のプリンシバル高岸直樹さんも交えながら3人でひとつの舞台を作ることにチャレンジしています。
― 昨年の公演では、どんな手ごたえを感じられましたか?
上野水香 初めての試みでしたし、全くのゼロから創作していくので、最初は手探り状態でしたけど、ふたり(町田・高岸)がすごい振付を次々と作ってくれたんですね。素敵な作品に日々仕上がっていく、その過程がすごく楽しくて。もともと気心も知れている3人ですが、ひとつのチームとして試行錯誤した結果、いいものを作ることができたので達成感もあります。その想いがお客様にも届いたから、今回のアンコール公演に繋がったんじゃないかな。
町田 高岸先生はポールドブラ(腕の動かし方)が非常に美しく、特にアームスを動かす際のアロンジェをすごく大事にされている。だからすごく柔らかい動きだったり、あるいは自分の身の回りの空気を纏わせながら動けるようになる。そういった高岸先生が深めてきたバレエ哲学が身体に入っている者同士、フィーリングもセンスも波長も合うんです。心から友人と呼べるような関係でもありますし、3人だからこそ作り上げることができた舞台でした。今度の4月の公演でもそうありたいと願っています。

上野 フィギュアスケートとバレエって、全然違うけれど共通したものがある。だからそのコラボというのは、表現世界においてすごく深い意味があると思うので、今回はそういったところを追求してもっと深く入り込んでいけたら、さらにいいものに仕上がると感じています。そもそも、バレエが他業種とコラボする舞台ってたくさんありましたけど、フィギュアスケーターがバレエに歩み寄り、さらに一緒に踊るっていうイベントはこれまでにはなかった。
町田 バレエ業界の人がフィギュアの人に振り付けることはあっても、その逆はなかったですしね。
上野 そうそう。町田さんの振りにはちょっとしたフィギュアスケートの動きの雰囲気があるから、すごく新鮮です。バレエダンサーが振り付けるとこうはならないよねっていう、動きを切り替えながらのアラベスクとか、スライドするような動きだったり、円形を多用したり......。フィギュアスケートでは大きなリンクで円形を描きながら演技するのが見せ場になっていたりするじゃないですか。バレエでももちろんマネージュ(舞台上で跳躍や回転技を連続して行いながら、円の軌跡を描くこと)がありますが、その感覚がフィギュアだとより雄大なんです。それをバレエで表現したいんだろうなって感じていて。私もそこを追求して表現できたら、彼の思い描く世界に近づくのかなって思っています。

― 町田さんの振付は360度、どの角度から見ても美しく見えるようアプローチされている印象を受けました。
上野 そこが彼の振付の素晴らしいところだと思いますね。それをバレエダンサーが表現することが新しいですし、チャレンジしがいがあります。今回の公演は小ホールですけど、舞台からはみ出そうなくらいの迫力を出せると思うし、小さな舞台ならではの良さもあるので、より大きな表現を目指したいです。2回目なので動きの細かい部分のニュアンスや意味合い、美しさといったものを、より精度を増した状態でお見せできれば。「この人たちどんどん進化するし次も観たいね」って思っていただける舞台にできたら、きっと将来にも繋がっていくはず。
町田 先ほど"雄大感"って表現してくれましたけれど、フィギュアスケートとバレエというふたつの舞踊言語を扱えるようになっている身から思うことは、フィギュアスケートって30m×60mという広大なアリーナで、360度観客がいるので、爆発的なエネルギーで動いていかないと伝わらないんですね。細かい動きをやったって、遠くの人には届かない。だからフィギュアスケートはマクロスケールで動いていくんです。一歩一歩がすごく伸びるし、小さな動きだとしてもメゾのレンジで作っていきます。バレエにももちろんマクロスケールの表現もあるけれど、ミクロスケールの指先の震えるようなわずかな表現が伝わるところがバレエの良さだし、それが求められている。足先のわずかな角度やポアントの繊細さから、メゾ、そしてマクロへと縦横無尽に動きの強弱、スケールというものをコントロールしていくんですね。その違いがあって。この『パ・ド・トロワ』という舞台は副タイトルが「バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲」となっていますが、フィギュアとバレエの良さが融合したような舞台にしようということで、振付では、フィギュアのマクロスケールからバレエのミクロスケールまで、動きのレンジ、そしてボキャブラリーを豊かに使うことを心がけています。

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― 今回のアンコール公演で、進化させたいポイントは?
町田 昨年お見せした作品のクオリティを深めていきたいのもそうですけど、新作を用意していまして。水香さんと高岸さんのパ・ド・ドゥが8分くらいある超大作なんです。グランドバレエで言うと、どんなに長くてもソロで2、3分ですよね。長い尺だと相当なエネルギーと精神性を問われ、非常に難しいものになります。そして私はショパンの≪バラード1番≫に挑戦します。ショパンの代名詞とも言えるバラードで、約10分間ひとりでノーカットで踊ります。
上野 『椿姫』の"ブラック・パ・ド・ドゥ"のあの曲です。皆さんよくご存知の。
町田 それをどう再解釈するかですね。昨年の舞台を一部映像上映にしながら、今年は超大作を新作として挿入することでパワーアップさせたいなと。昨年は、陸のダンサーとしてバレエを踊るのは初体験だったので、足が震えちゃって。ゲネプロでは頭が真っ白になってありえない振りのミスがあったりもし、積み重ねてきたものを出すだけで精いっぱいだったんですが、今年はおかげさまでいろんな人のサポートもあって掌握しましたので、自分の限界か、限界をちょっと超えるところに挑もうと思っています。これはアスリート的な感覚ですが、特に≪バラード1番≫は、そうじゃないと踊り切れないような作品になると思っています。
― クライマックスに向かって、どんどん動きがアグレッシブになっていくので、体力面でも大変そうです。
上野 本当に大変です。
町田 8分のパ・ド・ドゥと10分近いソロは、去年の自分たちの体力じゃやれなかったと思うんです。1つの演目だけでも本当に消耗しましたから。今回は年末くらいからトレーニングを開始したんですけど、ここまで自分を追い込んだのは、ソチオリンピック以来かもしれない。なんとか身体を作り込むことができたので、パワーアップした舞台をお届けしたいですね。
― そして≪バラード1番≫は、いよいよ自作自演のバレエということになりますね。手ごたえをお聞かせください。
町田 「バラード1番」はバレエ界でもフィギュア界でも、これまでに数多くの名作がありますけれども、全く違う解釈になっていると思います。10年以上前から表現したいと思っていた曲で、演奏者はツヴィ・エレツさんという方ですが、その音楽を聞いた時に、語りと激情の構造を持っているんだと直観的に気付いたんですね。ショパンの音楽って、起伏が激しくて、穏やかな曲から一気にテンションが跳ね上がることがあるんですけど、この曲も最初の暗いモチーフから一気に激情するように音楽が展開したら、またトーンが低い暗いモチーフになって......最後は狂ったように展開して終止符が打たれる。ツヴィさんの演奏ではその表現が顕著に表れていて、しかもこの世界と自分との関係に終止符を打とうとしている男の姿が脳裏に浮かんできたんです。ある男が身の上を語るうちに、過去と現在、回想と現実の境目が分からなくなって、激情展開していく。我に返って、身の上話を語りかけるうちに、また境目が分からなくなって激情する......という中で、最終的にこの世界と自分との関係に終止符を打つ。そういった作品にしたいと思っています。そして今回、制作チームがショパンのバラード研究の最前線でもこの「語り」の構造が明らかになっていることを突き止めました。驚くことに私の直感が裏付けられたわけです。そこで勇気を得て自分の着想をそこに加えました。つまり、破滅の物語かもしれないけれど、それ以前にものすごい葛藤だとか、自問自答だとかがある。そうして必死に、そして究極的に生きたからこそ、終止符を打つという結論が出せると思うんです。結末を描きたいのではなく、そこに至るまでにあった強烈な生を描きたいと思いました。悲劇ですが、人間の生の強さ、あるいはマグマのように湧き出す生のエネルギーの、爆発的な刹那みたいなものが出せればいいなと思っています。
上野 ちょっと涙が出ちゃいますね。自死を選ぶ人っていうのは、それだけ激しく生きているからだっていうのは本当だと思います。生きている時間を大事にしたいなっていう気持ちに繋がる作品に仕上がるといいですね。それが芸術のいいところですよね。人間っていいな、生っていいなって。
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― 音楽にもこだわりがあると伺いました。
町田 この公演は、音楽からコンセプトを抽出しています。既存のグランドバレエは筋書きがすでにあって、そこに音楽や振付が積み重なっていく構図です。でも我々の『パ・ド・トロワ』では、根底にあるのは音楽なんです。純粋に音楽そのものから振りだとかコンセプトだとか、そういったものを抽出してビジュアライズするっていうのがこの舞台のユニークな点です。
上野 音楽は全てピアノ曲なのですが、集中力が自然に引き出されると感じていて。オーケストラのように楽器が増えてくると、音に迫力は出てきますけど、意識が広がってしまうことも。でもピアノって普段からクラスで親しんでいる音なので、指先とか身体の隅々にまで集中できるんです。音色がシンプルだからこそ、集中して入っていけるし、ピアノってそういう力を持っている。全てをピアノで覆われているのが『パ・ド・トロワ』の特徴です。会場で皆さんがピアノの音色に酔いしれて、その中で視覚化された舞踊というものを楽しんでもらいたいです。すごく独特な空間になるからこそ、音がピアノである意味も出ると思います。

上野 そして町田さんは録音にもすごくこだわってらっしゃる。私の≪献呈≫の曲は、反田恭平さんが弾いていますが、ほかの方にはあの雰囲気は出せない。バレエをやっていると本当にそういったことを感じますね。オーケストラで合わせる時も、テンポだったり音のニュアンスとかで全然変わってきます。先日、『ルナ』という作品を踊った時の音楽が、バッハの曲でオーケストラだったんですけど、最後の方に音と振りがシンクロしている場所があるんです。静かな曲だけどその中で盛り上がっていき、盛り上がりがあるからこそ、最後は切なくなるというソロなんですけど、この音楽ってほかにどんな演奏があるのかなってYouTubeとかで探して聴いていたら、その部分が違ったんですよ。アクセントがない。そうなると最後の切ない感じが出ない。この演奏じゃ出せないなって気づいたんです。それが、≪献呈≫が反田さんの演奏じゃないとダメというところに通じてすごく納得しましたね。『パ・ド・トロワ』は1曲1曲、誰が演奏したどういう音楽だっていうところにまでこだわって作品を作っているので、それも感じていただけたらうれしいです。
町田 我々は"2段階選曲論"って呼んでいますけど、フィギュアスケートでもバレエでも、まず曲を選ぶわけです。ベートーベンの「月光」や「悲愴」だとか。それが第1段階の選曲です。2段階目では、じゃあ誰の演奏にするか。これはバレエ界もフィギュア界もあまり意識してこなかった部分です。バレエでは贅沢なことに生オケがつくので、2段階選曲する必要がそもそもないけれど、フィギュアは録音を使っているので、自ずと2段階選曲をとらざるを得ない。そうなると、誰が作曲した音楽にするのか、それを誰が演奏したものにするのかという、2段階選曲をすることによって、これだという音楽をひとつ選び取るわけです。
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― 第2部の≪フレデリク≫は、ショパンの曲だけで構成された作品群になっています。
町田 ショパンは"絶対音楽"を標榜していた人です。音楽には大きく表題音楽と絶対音楽の2種類があります。たとえばチャイコフスキーの『白鳥の湖』のように、すでにあらすじや目的、コンセプトがあって、それを表現するために作られるのが表題音楽。一方、絶対音楽は音楽だけで独立して存在する、純粋な音楽です。この絶対音楽を標榜しているショパンは、自分の胸の内から湧き出たインスピレーションをそのまま音楽にしている。だから、すごく拒絶されるような感覚に陥ることがあるんですね。ショパンのいろんな音楽をフィギュアでもバレエでも振り付けてきましたけど、「俺の音楽には何もつけてくれるな」と言われているかのごとく振りが沸いてこなかったり。あるいは音楽を聴いているだけで、すごくショパンの心の動きがわかってしまう。切なさとか苦しみとかすごくダイレクトに伝わってくる。これだけ伝わってくるものに、振り必要ある?っていう。
上野 音楽だけで完結している。
町田 そう。ほかの音楽では一切そんな感覚になることはないので、ショパンだけです。絶対音楽として完成されているものに、作品性を損なわず、付加価値としてのどれだけの振付を導けるかっていうところで、ショパンと戦っているような感じで挑んでいます。とてもいい振付になっていると思うし、ショパンの音楽がどう舞踊化されているかをぜひ皆さんに注目していただきたいです。
上野 ショパンの人生みたいなものにアクセスしていただけると思いますね。≪ノクターン9-2番≫は、『イン・ザ・ナイト』のコーダでも使用されますが、あの音楽を聴いているとロマンティックな美しい光景を想像されると思うんですが、町田さんが振り付けた高岸さんのソロでは、ショパンの人生の背景や苦しみ、切なさが表現されている。ショパンの根源にある人生に対する想いや、人生そのものが出ていたんです。『イン・ザ・ナイト』の最後に、皆でゆらゆらするコーダしか私の中にはなかったので、そこが新しい発見でしたね。おもしろい解釈だし、なるほどと思いました。

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― 町田さんが振付をされた作品の中には、水香さんがポアントで踊る演目もあって、チャレンジングな試みだったと思うのですが、バレエを振付することの難しさやおもしろさをお聞かせください。
町田 フィギュアと違って、バレエってジェンダーが関係するんです。私は普段、バレエシューズとジャズシューズで踊るので、その感覚で振付をしてしまうと、ポアントではできないことがあったりする。フィギュアスケートは男女で履くものも身体の使い方も同じなので、ジェンダーで振付を変える必要はないんですね。ところがバレエはシューズも変わるし、身体の使い方も変わる。そこが難しかったですね。水香さんのポアントを履いた身体というのを私は経験し得ないので、対話を重ねました。完成品の振り渡しをした時に、「これポアントだったらできない」となったこともありましたが(笑)。密にコミュニケーションを取りながら調整しました。そういう意味では、ほかとはちょっと違う創作のプロセスを踏んでいますね。
― 水香さんは、町田さんの振付で印象的だったことはありますか?
上野 町田さんは、音と振りを絶対に外さない。そのことに私すごくびっくりしたんですよ。バレエの世界では、男性と女性のタイミングを合わせるのが音よりも最優先なので、たとえばリフトでは、私が音通りにやろうとするとずれちゃってうまくいかないこともあって。町田さんはおひとりでやられてるのもあると思うんですけど、音を絶対に外さない。だから、音を外したら怒られるだろうなって(笑)。そこにこだわっているってことが、ご自身の踊りを見ていてもすごくよく分かります。音のひとつひとつを拾ってらっしゃるので、私も彼の振付を踊る時は、普段よりしっかり拾うようにやっていかないと。

上野 ≪献呈≫に関しては、「人生とか想いみたいなものを表現してほしい。これは水香さんのバレエ人生そのものだから」って仰っていたのがすごく印象に残っていますね。舞台に出ていく前に、自分の身体と向き合いながら準備して、うまくいきますようにと願う。そして幕が開いて踊り出すと、だんだんトランス状態になっていっていくんですけど、いろいろ悩みと葛藤もある。でもやっぱり踊りに没頭していく......っていう姿をお見せしたいです。それは本当に私のバレエ人生そのものだったりするので、上手くシンクロさせて表現できるといいなと。前回も頑張りましたが、今回はさらに深めていきたいです。
町田 第3部は「献呈」、つまり"捧げる"っていうコンセプトでやっていて、ダンサーとしての人生を描いて欲しいってお伝えしました。振付をする者の創作哲学として、私はクリエイションに身を捧げることを大事にしています。町田樹としての個人は滅して、振り付ける時は音楽に身を捧げているし、自作自演してきた作品でも個人的な何かを表現することはないです。とはいえ、ソチオリンピックで演じた『エデンの東』や、プロスケーターとして引退する時のマーラーの「アダージェット」など、ここぞという時には自分を描いてきました。それと同じことを水香さんにやっていただいて、水香さんのかけがえのないバレエ人生を投影してほしいと思って振りを考えました。自分を滅して、舞踊の神に身を捧げるうちに無垢の精神に純化されていく......。そういう過程を描いてほしいとお願いしたところ、見事にそれを体現して個人的なことを表現してくれている。そういう意味では『パ・ド・トロワ』にはいくつか作品がありますけど、水香さんの≪献呈≫だけは毛色が違う。
― それも類まれなるダンサーである水香さんに振り付けるということは、振付家冥利に尽きるんじゃないでしょうか。
町田 水香さんの凄さは、バレエ界ではキャリアのない私の振付をおもしろいと言って受け入れてくれる寛容さとチャレンジ精神があることですね。私のことを、バレエを頑張っているひとりの人間と認め、振付を貪欲に吸収しようとする姿勢には、本当に感謝していますし、感銘を受けています。保守的な業界であっても垣根を越えて、おもしろいならやってやろうぜみたいな、そういう想いが3人にはあるので、小さな規模ではあっても、やることは非常に革新的だと思っています。
― 町田さんは今年でバレエ歴10年ということですが、フィギュア出身者だからこそ見えてきたバレエの魅力は?
町田 先ほど「バラード1番」は10年前から表現したいと思っていたという話をしましたけど、その時僕はまだフィギュアスケートの競技者で、バレエは初心者でした。でも当時から「バラード1番」をやるならバレエだ、フィギュアではないって思っていたんです。フィギュアスケートって重いおもりを足先につけているようなもので、足の遠心力で大きく動けるわけですけど、一方でバレエは重さがないので、ポアントとかそういう細かな足さばき、パが本当に魅力的。ミクロからメゾのスケールにかけて、縦横無尽で自由自在に表現できるのがバレエという舞踊文化の非常にユニークな点ですし、フィギュアスケーターとしては惹かれる部分です。
それから「バラード1番」ってすごく音数が多いんですよ。激情のパートは特に。ですがバレエの足なら、細かなパで粒状のピアノの音をひとつひとつをポンポンって拾っていけるんです。バレエって、いろんな音色を視覚化できるように、先人たちがパというものを開発してきたと思うんです。実際、パを習得するのは大変でした。身体を改造しないと1番で立てないから、並々ならぬ努力が必要でしたけど、ある程度身についたら、いろんな音粒をすくえるようになったのが非常にうれしくて。すっかりバレエに魅了されています。フィギュアは逆に、バイオリンのように流れるような音の線、管弦楽の音の強弱を表現するのに長けています。それはバレエでもできるけれど難しい。バレエとフィギュアのバイリンガルとして、両方の文化の良さみたいなものに気付けてきたので、それを大事にしながら、このふたつの舞踊言語をこれからも喋り分けていこうと思っています。
対談には参加が叶わなかった高岸直樹さんからも、メッセージが届いた。
「昨年の公演では、上野水香、町田樹のまだ知らなかったあふれる豊かな才能に巡り合えたことが何よりうれしい発見でした。今年は、身体の飽くなきチャレンジと深みのある感情表現を目指して、さらなる進化に挑みます。新作≪ノクターン17番≫は、幻想的にそして叙情的に...。バレエの醍醐味、浮遊感もお届けしたいと思っています。≪プレリュード13番/14番≫は、その次に踊る町田君とは異なるキャラクターを演じて、それが人間性、そして人生において、最終的に結び繋がるように......」
会場:東京文化会館 小ホール
4月26日(土)16:00〜、4月27日(日)マチネ11:00~ ソワレ17:20~
料金:プラチナ・シート ¥15,000、S席 ¥8,000
https://www.nbs.or.jp/stages/2025/pdt/
interview & text: Eri Arimoto