知性とスタイルが響きあう、ミュウミュウが贈る文学サロン。
Culture 2025.05.02
毎年恒例4月のミラノデザインウィークは、世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」の開催に伴って市内にブランドやデザイナーによる展示が散りばめられ、街全体がお祭りのように賑やかな特別な期間だ。数多くのラグジュアリーブランドがホームコレクションの発表やアートインスタレーションなどで参加する中、ミュウミュウが選んだアプローチは一味違った。4月9日と10日の2日間にわたって、文学における女性の声を称える画期的なイベント「リテラリークラブ」を開催したのだ。
昨年に続いて2回目となる2025年のテーマは、「A Woman's Education」(女性の教育)。フランスのフェミニスト哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールと日本の昭和時代を代表する女流作家のひとり円地文子という、国際色豊かなふたりの文豪の作品を通して、少女時代、恋愛、性教育のテーマを探求するというものだ。
会場となったのはブレラ地区に19世紀のままの姿を保つチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼ(ミラノ文化協会)。重厚かつエレガントな図書館ではトークセッションが、ラウンジでは音楽のライブパフォーマンスや、詩の朗読などが夜まで行われた。
荘厳な造りのミラノ文化協会が会場。図書館で行われたトークセッションは、二日間とも壁に沿ってずらりと立ち見をする観客も出る盛況だった。
4月9日 ボーヴォワールの日:少女時代の力と友情。
1日目のテーマは、シモーヌ・ド・ボーヴォワール作『離れがたき二人』を出発点にした「少女時代の力」。1954年に執筆されたものの、あまりに私的なインティマシーの領域を描いた内容だったためボーヴォワール存命中には出版されず、2020年にやっと発表された本作は、偉大なフェミニストの思想家に対して新たな関心を呼び起こした。少女が大人になるための旅路と、その過程における女同士の友情を繊細に描いている。
トークセッションでは、俳優・モデルのミリー・ブレイディが作品の抜粋を朗読。パネリストはフランス在住のアメリカ人作家で『離れがたき二人』の英訳を手がけたローレン・エルキン、インド出身の小説家ギータンジャリ・シュリー、イタリアの小説家ヴェロニカ・ライモ、モデレーターは英国の作家でキュレーターのルー・ストッパードという年齢も国籍もさまざまな女性たちが登壇した。
『第二の性』を初めて読んだ時のことや、少女時代に感じた社会的規範についてなど個人的な体験を語り合い、現在、世界的に女性の権利に関して抑圧的な流れが台頭してきており、この作品で描かれていることがいかに再び現実となっているかの懸念を分かち合った。
イギリスの俳優でモデルのミリー・ブレイディ。1日目のトークで、『離れがたき二人』の親友となる主人公二人が出会うシーンを朗読した。
長年フランスで暮らすアメリカ人作家ローレン・エルキン。最近では『Scaffolding and Art Monsters』(2023年)、『Flâneuse』(2016年)の著者であり、『離れがたき二人』の英語への翻訳者でもある。
インド出身の小説家ギータンジャリ・シュリー。数々の著作の中には短編集も多い。ヒンディー語で執筆をするが、英訳されたものも多く、『Tomb of Sand』で2022年度ブッカー国際賞を受賞した。
イタリアの小説家ヴェロニカ・ライモ。4冊の小説を執筆し、『Lost on me』(2023年)でストレーガ賞を受賞。
1日目のモデレーターを務めた英国人作家でキュレーターのルー・ストッパード。イギリスの写真家シャーリー・ベーカーの作品集の編集、フランスのノーベル賞作家アニー・エルノーの展覧会のキュレーションなども手がけた。
---fadeinpager---
4月10日 円地文子の日:性と欲望が言葉になる時。
2日目は、円地文子の『女坂』(1957年)から「愛と性と欲望」についてのトークが行われた。19世紀の日本を舞台に男性の権力のために自身の欲求を犠牲にする主人公の一生を描き、女性の性愛を赤裸々に語った初の日本の女性作家の作品と位置付けられている。
モデルのシンディ・ブルーナが、作品冒頭で主人公が夫に命じられて夫のための妾を探すくだりを朗読し、モデレーターはスポークンワード詩人でありモデル・活動家のカイ・アイザイア・ジャマル、パネリストにクアラルンプール出身の作家ニコラ・ディナンとアイルランド人作家ニーシャ・ドーラン、アメリカ人詩人・小説家のサラ・マングソという顔ぶれでトークが行われた。
円地の作品は、日本の家父長制の家族制度に対する痛烈な批判であること、恥の意識を根底に持つ社会構造は自分たちの育ったマサチューセッツやアイルランドのカトリック家庭とも共通すること、女性同士が敵ではなく連帯とも言える関係を持っていることなどを、登壇者たちの自作の主人公とも対比しながら自由に語りあった。
2日目のトークイベントのモデレーターの、イギリス出身の詩人、モデルで活動家のカイ・アイザイア・ジャマル。ブリティッシュ・ファッション・アワードのモデル・オブ・ザ・イヤーにノミネートされた史上初のトランス・モデルとなったこともある、トランス界の先駆者。
パネリストとして参加した作家のニコラ・ディナン。香港とクアラルンプールで育ち、現在はロンドン在住。デビュー作『Bellies』(2023年)でポラリ賞を受賞した。最新作は『Disappoint Me』(2025年)。
アイルランド人作家ニーシャ・ドーラン。「サンデー・タイムズ」ベストセラーで女性小説賞最終候補策となった『Exciting Times』(2020年)と『The Happy Couple』(2023年)の著作がある。シンガポールと香港で暮らした経験を持つ。
アメリカ出身で詩人・作家のサラ・マングソ。ウェルカム財団賞最終候補作『The Two Kinds of Decay』(2008年)は、PEN /ジェーン・ステインブックアワード、ウィンゲート文学賞、マーク・トウェイン賞の候補にも上がった。最新作は『Liars』(2024年)。
---fadeinpager---
参加者たちはトーク後、ステージでの散文や詩の朗読、DJやシンガーたちのライブパフォーマンスを楽しんだ。デザインウィークの喧騒とは違う空気の流れる古き佳き時代の文学サロンのように、知的でありながらファッショナブルでリラックスしたひと時を誰もが堪能した。
1日目のライブパフォーマンスより、。ロンドンを拠点に活動する、サルデーニャ島出身のアーティスト、Bluem。レッドカーペットが敷き詰められ、ぐるりとバルコニーが囲むラウンジでは、各日6組のシンガー、DJ、スポークンワードパフォーマーなどがステージに立った。
英国出身ネオソウルのシンガーソングライター、ジョイ・クロックスも1日目に登場。
2日目のパフォーマンスにジャズ&ラップのennyが登場。
これまでも、女性監督による短編映画シリーズ「Miu Miu Women's Tales」など、常に女性の創造性を支援してきたミュウミュウの最新プロジェクトである「リテラリークラブ」は、ミウッチャ・プラダの思想を反映したもの。文学研究者オルガ・カンポフレダとともに練り上げられたこのクラブは、読書こそが自立と自由の源であり、ファッションもまた知性から生まれるものだという強い信念を表現している。
ミウッチャとも交流が深く今回のキュレーションを手掛けたオルガ・カンポフレダ。イタリア文化、言語、文学の研究者であり、作家でもある。
来場者には、ミュウミュウ リーディングクラブ特製のカバーの掛けられた英語版の『離れがたき二人』と『女坂』の2冊がプレゼントされた。
訪れた人々に配布されたのは、色彩もハイセンスな装丁のブック。
---fadeinpager---
他にもミュウミュウを纏った著名ゲストが多数来場し、イベントに華を添えた。
ティルダ・スウィントンを母に持つ俳優オナー・スウィントン・バーン。ジョアンナ・ホッグ監督の「スーヴェニア・私たちが愛した時間」(2019年)などで知られる。
フランス出身のモデル、シンディ・ブルーナ。二日目のトークイベントの冒頭で、円地文子の「女坂」の朗読を担った。家庭内暴力被害者の支援団体のアンバサダーを務めるなどDV撲滅の活動もしている。
アメリカ人俳優・歌手のデミ・シングルトン。映画では、「ドリームプラン」(2021年)で演じた、セリーナ・ウィリアムズの少女時代などで知られる。
イタリア人俳優ヴァレンティーナ・ロマーニ。映画では、ナンニ・モレッティ監督の「チネチッタで会いましょう」(2023年)などに出演。
フランス人シンガー、ルアンヌ・エメラ。主演した2014年の映画「エール!」でセザール賞有望女優賞受賞。2025年5月17日のユーロビジョン・ソングコンテストには、自作の「ママン」でフランス代表として出場する。
photography: Luca Strano(venue pictures), courtesy of Miu Miu(snapshots) text: Izumi Fily-Oshima