【おすすめ小説】感情がない少女が、世界を終わらせる。衝撃のディストピア長編。

Culture 2025.05.08

SNSで人格を切り替え、生き延びる少女。感情を持たない"空っぽな存在"が、やがて世界を終わらせる。
『コンビニ人間』著者が放つ、ゾッとするほど静かな破壊の物語をご紹介。

『世界99』

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村田沙耶香著 集英社刊 上下巻各¥2,420

徹底的な受動性が、世界のディストピア化を招く。

文:吉田大助 ライター

『コンビニ人間』で知られる村田沙耶香の最新長編小説は、上下巻計860ページを超えるディストピア・フィクションだ。主人公は「クリーン・タウン」という真っ白で清潔な新興住宅地で生まれ育った、如月空子。彼女が10歳の時に始まり、11歳、12歳、14歳、20歳、上巻後半の第二章では一気にジャンプして35歳......と物語は進み、時代とともに変化(=ディストピア化)する世界のありようを記録していく。

空子は感情が本気で動くことがなく、自分は「からっぽ」であると認識している。幼少期に身につけたサバイバル術は、他者の情報を「トレース」し、コミュニティごとに異なる人格を使い分けることだ。〈朝、目を覚ますと情報がやってくる〉。目覚めた途端にSNSにアクセスして情報を取り込み、人格のアップデートを試みるというちょっとした描写の中に、現代社会の病理が反映されている。物語の舞台は現実の日本とよく似ているが、決定的な差異も存在している。ピョコルンという愛玩動物が広く受け入れられていることだ。空子が「強制的に可愛い生き物」と評すピョコルンは、やがてポケモンばりの進化を遂げ、人間たちの性欲や生殖の受け皿となる。ディストピア化の芽はここに生じるのだが、それだけではない。

本作と最も親和性が高い著者の作品は、先日実写映画化が発表された『消滅世界』(2015年)だろう。生殖や子育てが監視・管理され、セックスが禁忌となった世界で、主人公は能動的に恋人たちと生身で交わる。本人は無自覚ながらも、実は彼女は個人の自由意志を統御するディストピア社会と対決しており、一種のヒーローものの側面があった。本作は違う。主人公の人間性、徹底的な受動性が、世界のディストピア化を招いてしまう。

能動性は攻撃、受動性は防御と思われがちだが、極端な受動性は加害へと繋がる。他者のため、世界のためにも、自分を持つという言葉の意義を考える必要がある。ただ、恐るべきことに本作はそんな「ため」なんかいらないと言ってくるのだ。

Daisuke Yoshida 吉田大助
1977年、埼玉県生まれ。雑誌メディアを中心に、書評や作家インタビュー、対談構成などを行う。新著に『別冊ダ・ヴィンチ 令和版 解体全書 小説家15名の人生と作品、好きの履歴書』(KADOKAWA刊)。

*「フィガロジャポン」2025年6月号より抜粋

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