秘密のまま失った関係。静かな痛みが胸を打つ、アイスランド発の傑作とは。
Culture 2025.06.25
夕べの薄明かりを起点に、屈折してゆく光と情動。
『突然、君がいなくなって』
文:朱位昌併 アイスランド文学研究者、翻訳家、詩人

© Compass Films, Halibut, Revolver Amsterdam, MP Filmska Produkcija, Eaux Vives Productions, Jour2Fête, The Party Film Sales
あの人が死んだ。時計の針が午前零時を過ぎても日の沈まなくなった春と夏の境の時季だった。半日前には海岸で身を寄せ、同じ布団で眠っていた。付き合っていることは親しい友人にも隠していた。でも、もうやめにした。だから彼は、朝一番の飛行機で地元に帰って、すべてを打ち明けるつもりだった。けれど、事故で死んでしまった。
『突然、君がいなくなって』は、去年観たアイスランド映画のなかで最もよかった作品だ。主人公の女性ウナは、ディッディという男性と周囲に秘密で付き合っている。しかし、彼は序盤に事故で亡くなってしまう。彼の死を受け止めようとする友人たちとウナは献杯し、ディッディの"恋人"のクララとも共に写真を見ながら偲ぶことになる。
ウナは表向きにはディッディの友人でしかない。事情を知る人物からは、何も暴露せず、ひとりでいることもしないように懇願された。それを聴き入れたウナは、彼らと共にディッディを悼み、そして悲しみを発散させるように踊る。激しく頭を振って音楽に身を任せるウナだが、堪らず泣き崩れてしまう。駆け寄るクララたちに抱えられて無理に踊らされる彼女に寄せられるのは、誤解に基づく共感だ。屈折しても発散できないものが内側からウナを潰したようで、見ていて胸が痛んだ。
この映画の原題は『Ljósbrot』だ。"光の屈折"を表す言葉だが、字義通りに捉えるなら、むしろスペクトルに沿った光の分散を想起させる。"光が壊れること"とも訳せよう。バラバラになった光は、もう元のただ白く見える光には戻らない。この映画には、光が散るような出来事だけでなく、屈折したまま行き先を失う様子も映し出されている。暴力的な明るさから冒頭の穏やかな暗やみに戻りたくとも、そこに同じ光景は残っていない。
●監督・脚本・製作/ルーナ・ルーナソン
●出演/エリーン・ハットル、ミカエル・コーバーほか
●2024年、アイスランド・オランダ・クロアチア・フランス映画
●80分 ●配給/ビターズ・エンド
●Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて公開中
https://www.bitters.co.jp/totsuzen/
アイスランド文学研究者、翻訳家、詩人
アイスランド文学の研究や、同国語書籍の翻訳、日本の文芸書のアイスランド語翻訳補助などを行う。訳書に絵本『さむがりやのスティーナ』(平凡社刊)ほか。レイキャヴィク在住。
*「フィガロジャポン」2025年8月号より抜粋