映画美術の観点から迫る『お嬢さん』の魅力。

Culture 2017.03.07

3月3日に全国公開されたパク・チャヌク監督『お嬢さん』は、衝撃のストーリー展開もさることながら、その圧倒的な映像美が注目の的に。撮影の一部は日本でも行われ、約50人の日本人スタッフが3週間にわたる撮影を支えた。

物語の時代背景を反映し、日本、韓国、英国など、さまざまな様式をクロスオーバーさせた空間は、美術監督のリュ・ソンヒ氏が、『杉原千畝 スギハラチウネ』『ピンポン』『一枚のハガキ』などさまざまな作品で美術監督として活躍してきた金勝浩一氏に協力を仰ぎ、作り上げたもの。本作を鑑賞し、特に美術に陶然としたというコラムニストの山崎まどかさんが金勝氏を取材。その見どころを解説する。

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■ 恋の官能と復讐の歓びが融け合う、美しき世界観。

文・山崎まどか

各映画祭で話題をさらったパク・チャヌク監督の『お嬢さん』。原作はヴィクトリア朝の英国を舞台としたサラ・ウォーターズの『荊の城』だ。人里離れた大邸宅に幽閉も同然で暮している大金持ちの娘の財産を奪うため、彼女を誘惑してそこから脱出させる計画を立てた詐欺師が、自分の片棒として万引き娘を雇い、侍女として邸に送り込む。チャヌク監督は原作のストーリー・ラインをそのままに、舞台を1930年代終わり、日本の統治下にある朝鮮半島に変えた。

この非常に大胆な脚色の結果、サラ・ウォーターズの英国ゴシック的なサスペンスはチャヌクのオリジナルなミステリーに変わった。その基盤を大きく支えるのは、素晴らしい映画美術だ。30年代の朝鮮の風俗と共に日本文化が取り入れられ、かつ、原作の持つ英国的な要素もある。それぞれの時代/国の美意識を尊重しながらも、独特の解釈のもとに使われたそれらの要素が溶け合う先にあるのは、チャヌクの映画の中にしか存在しないファンタジーの世界である。『オールド・ボーイ』(2003)で組んで以来、チャヌク監督が信頼を置く美術監督リュ・ソンヒの見事な仕事だ。彼女は『お嬢さん』で、カンヌ映画祭で技術スタッフに贈られるバルカン賞を受賞している。

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『お嬢さん』の世界観の要といえば、莫大な財産の相続権を持つ日本人の秀子(キム・ミニ)が叔父と呼ぶ上月氏(チョ・ジヌン)と暮らす和洋折衷の館である。二階建ての洋館に和風建築を継ぎ足したような不思議な邸宅は実在のもので、三重県桑名市にある六華苑をロケ場所として使っている。ジョサイア・コンドルの設計により大正2年に建てられた邸宅で、現在は重要文化財となっている。映画では外観と共に庭園の一部や、上月氏と秀子の秘密が詰まった離れの書斎へと続く渡り廊下などが使われた。ただし、洋館部分は撮影時にブルーバックの衝立で覆われ、映画では別の館に作り変えられている。六華苑では、秀子と彼女の侍女となったスッキ(キム・テリ)が屋敷から逃亡する際のクレーン・ショットが素晴らしい。和館の外廊下から二人が部屋の障子を開けて、和室を抜けて奥に見える庭園へと降りていくのと同時に、カメラが平屋の屋根を飛び越えて、庭を横切る二人を執拗な追跡者のように捉えようとする。

上月氏の日本への憧れと西洋趣味が入り混じった屋敷の内部も、息を呑むばかりだ。六華苑をはじめ、三重県の神社や重要文化財などを使った日本でのロケでは、映画美術の金勝浩一氏がパク・チャヌク組の日本担当として作品に貢献した。建具や装飾物、上月氏が座って使用人に背負わせる椅子など、日本側で制作、提供したものも多い。リュ・ソンヒは美意識も要求水準も高く、欲しいと言ってくるものの中にはいまはもう職人がいないもの、国宝級のものも多かったが、「日本の文化を奮い立たせてくれた。こちらが忘れていたものを思い出せてくれた」と金勝氏は語る。

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洋間に墨絵や掛け軸、書などが飾られている上月邸の中でも、目を奪われるのが上月氏の書斎と秀子の部屋である。エメラルド色の壁紙をバックに、美しいドレッサーやベッドが置かれた秀子の部屋は英国風だが、日本人形や盆栽が絶妙に配されている。大きなクローゼットの他に秀子は手袋専用のドロワーまで持っていて、各段にはレースやバターのように滑らかなレザーやキットの手袋が並んでいる。怪しげな「道具」が収納されているのは大きな帽子箱だ。書斎は更に凝った作りで、西洋風のライブラリーに畳を敷いた広い日本間があり、巨大な盆栽が飾られている。ここは秀子にとってステージでもある。白い着物に黒い手袋の彼女がありえないほど大きな島田に髪を結い、客人に朗読するシーンは映像的なハイライトのひとつ。リュ・ソンヒは日本に来た時、お茶を運ぶ江戸のからくり人形をしきりに気にしていたという。その「からくり人形」がどんな形でチャヌクの世界の中で変形し、発展したのかは、朗読シーンを見るまでのお楽しみだ。

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変形し、発展するといえば、『荊の城』のストーリーもそうである。原作には中盤に有名などんでん返しがあるが、『お嬢さん』ではその展開を使いながら、まったく違う方向へと話が進んでいく。チャヌク監督は物語の後半に、彼にとって大事なテーマである「復讐」の要素を織り込んだ。原作を読みながらチャヌク監督が「自分だったらこうしたい」と夢見た物語だという。脚本を読んだサラ・ウォーターズはその素晴らしさを認め、「ただ私の小説が原作というよりも、それを元にした別の物語のようだ」と感想を漏らしたという。

有名なミステリーが原作の映画だと多くの人が既にトリックやラストを知っていて、それがどのように映像化されたのか確認作業にしかならないようなところがあるが、『お嬢さん』は原作を読んだ人にも(そして映画の後に原作を読む人にも)思いがけない。その思いがけなさは、まるで秀子の美しさに心奪われ、恋に落ちてしまうスッキの心の動きにも似ている。恋する官能と復讐の甘美な歓びが合わさるクライマックスは、まさしくパク・チャヌクの世界である。

【ストーリー】
1939年、日本統治下の朝鮮半島を舞台に、孤児の少女・スッキ(キム・テリ)、莫大な財産の相続権を持つ美しい令嬢・秀子(キム・ミニ)、秀子の財産を狙う詐欺師(ハ・ジョンウ)ら、それぞれの思惑が入り乱れ、騙し合い、復讐が繰り広げられる、華麗で過激なサスペンス。

『お嬢さん』
2017年3月3日(金)TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー
配給:ファントム・フィルム
©2016 CJ E&M CORPORATION, MOHO FILM, YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED
ojosan.jp
<取材協力>
金勝浩一(かねかつ・こういち)
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業後、映画『トカレフ』(94/阪本順治監督)にて美術監督デビュー。以降、映画や TV、広告など様々な作品で美術を担当。主な作品に、『ピンポン』(02/曽利文彦監督)、『感染列島』(08/瀬々敬久監督)、『一枚のハガキ』(11/新藤兼人監督)、『鍵泥棒のメソッド』(12/内田けんじ監督)、『神様のカルテ』(11/深川栄洋監督)、『県庁おもてなし課』(13/三宅喜重監督)、『杉原千畝 スギハラチウネ』(15/チェリン・グラッグ監督)、『恋妻家宮本』(16/遊川和彦監督)など。 『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』(河合有人監督)が3/11(土)より全国公開となる。

≫ 来日したパク・チャヌク監督へのインタビューはこちら。

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