美意識に魅せられる、トム・フォード監督最新作。
Culture 2017.12.09
無防備に触れたら飲み込まれるほどの、宙吊り感と絶対美。
『ノクターナル・アニマルズ』
別れた夫から自作小説がスーザンに届く。贅沢さに虚無を抱えた彼女の現在が、小説の荒野の惨劇と鳴動し始める。映画監督としての技量と血潮が迸る。
恐ろしい映画だ。人の作るものがいかに危険で底知れないかを思い知らされる。象徴的なシーンがあった。ギャラリーオーナーの女性のもとに別れた夫が書いた小説が届くのだが、彼女は本の梱包紙で指を切る。その瞬間的な痛みの仕掛けに、はっとさせられた。そうだ、小説や映画というのは、用心しないと大変な目に遭わされるかもしれないのだ。まさにこの映画には、そうした引き裂くような力がある。
元夫から届いた小説には、テキサスの荒涼とした道で不良グループに襲われる家族の恐怖が、迫真的に描写されている。なぜそんな小説を書き送ってきたのか、ふたりの過去に何があったのか。小説と現実の入れ子構造は先の読めない宙吊り感を増大させ、最後のシーンですべてが見事に収束される。ミステリー映画としての完成度の高さはもちろん、世界的デザイナーでもあるトム・フォード監督の映像は、やはり絶対的に美しい。ジェフ・クーンズやデミアン・ハーストといった作中に散在する現代アートも、また特別にデザインされたらしい俳優たちの衣装も、見惚れるほど優美な上、場面のムードを雄弁に物語るよう計算し尽くされている。
見終わったあと、しばらく心のざわめきが鎮まらなかった。通り過ぎる風景もいつもと違って、妖しくうつったのを憶えている。実は、襲われた家族が向かっていたマーファという町は、砂漠に佇むPRADAの店でも有名な現代美術の聖地だ。監督はもしかすると、無防備にアートに触れたら逆に飲み込まれるかもしれないと警告したのだろうか、と思わず深読みした。
香港留学中の2016年、『神の値段』(宝島社文庫)で作家デビュー、「このミステリーがすごい!」大賞に輝く。最新作に『嘘をつく器 死の曜変天目』(宝島社刊)。美術館で学芸員の活動も。
監督・脚本/トム・フォード
出演/エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホー ル
2016年、アメリカ映画 116分
配給/ビターズ・エンド、パルコ
TOHOシネマズシャンテほか全国にて公開中
www.nocturnalanimals.jp
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*「フィガロジャポン」2017年12月号より抜粋