ガンジス河の畔の聖地で紡がれる、家族の物語。

Culture 2018.12.24

あの世からこの世への再来をも予感させる、原色の祭り。

『ガンジスに還る』

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死期を察知した老父が、商談に忙しい息子を伴ってバラナシへ。この河畔の聖地では、生と死は渦をなすように還流する。愁嘆場のドラマとは対極の景色。

近頃、台風、地震、やたら災害が多い。否応なくむしり取られるような理不尽な死を目撃する。そうかと思えば超高齢化社会。緩慢な、実に緩慢な死も珍しいことではない。私たちはそのどちらも恐れている。できれば考えたくないこと、だが忌避すればするほど、漠とした不安に駆られる。いったい死をどうとらえたらいいのだろう。

『ガンジスに還る』はその一つの解だと思う。この映画は老いた父と中年の息子、その妻、孫娘の家族の物語である。死期が近いと悟った父は聖地バラナシの「死を待つ家」に向かう。忙しいビジネスマンの息子が付き添うことになる。

父はガンジス河で沐浴し、その水を飲み、ゆったりとその時を待つ。効率優先、利害得失を争う、いわば今を生きる息子は携帯片手にイライラのし通し。だが、次第に息子も緩やかな時の流れを取り戻していく。そうさせたものはガンジスの深き流れか、岸辺の光景か。父と息子に流れる時間が次第に共振し出す。

そこに至る何気ないインドの風景が美しい。

やがて老人は死に、鮮やかな黄布で覆った遺体を担いで花を撒きながら家族は練り歩く。この国では死は原色の祭りなのだ。この世からあの世へ、家移りの祭り。しかも『還る』のだ。あの世からこの世への再来をも思わせる。繰り返される生の時間、死の時間。

生も死もその一つの通過点なのかもしれない。どんなに短くもぎ取られたような命もまた新たな再生に向かって動き出す。長く病んだ命もその時の生の形か。何か肩の力が抜けた、心安らいだ。

文/若竹千佐子 作家

夫の死後、早稲田大学・生涯学習機関の小説講座に8年間通い続ける。2018年初春、63歳でのデビュー作『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社刊)が第158回芥川賞を受賞する。
『ガンジスに還る』
監督・脚本/シュバシシュ・ブティアニ
出演/アディル・フセイン、ラリット・ベヘル
2016年、インド映画 99分
配給/ビターズ・エンド
岩波ホールほか全国にて公開中
www.bitters.co.jp/ganges

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*「フィガロジャポン」2018年12月号より抜粋

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