フィガロが選ぶ、今月の5冊

ヴェネツィアに移り住んだ著者が綴る、日常の風景。

特集

日常から浮かび上がる、「ハレ」と「ケ」のヴェネツィア。

『対岸のヴェネツィア』

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内田洋子著 集英社刊 ¥1,512

イタリアという国は、良くも悪くも二面性が強いと思う。ステレオタイプの下に沈む別の姿が存在する。偉大すぎる歴史に埋もれているだけなのか。その土地に住み、時間を共有し、根付いていけば、徐々に姿を現してくる。

ヴェネツィアは、非現実的な美しさを持つ海上都市。しかし入り組んだ道はわかりにくく、よく冠水する。物価は高く、常に観光客でごったがえしている。閉ざされた雨戸が目につき、街に生活感はなく、ここに住んでいる人はいるのか、と私はずっと不思議であった。そんな街になぜ著者は移り住んだのか。

街と海とのきめ細やかな関係。大陸と島との関係。本島と離島との関係。かつて交易で栄え、財を成した商人の町は何世紀もの間、世界への窓口であった。絶えず人の出入りが激しかったヴェネツィアは、特有の文化、風習、思考を生むことになる。この唯一無二の風土が、疑問を解く鍵であることが読み取れる。

そこに浸透する人間関係。著者は、ヴェネツィアに生まれ育った人たちや他の土地から流れ着いた人たちと関わることで、浮かび上がってくる日常を綴っている。思いがけない出逢いは点と点を繋ぎ、時代を超えた「ケ」のヴェネツィアの姿が少しずつ照らし出される。私たち、非居住者が見ることも感じることもできない姿がそこにある。家を借りるところから始まり、主な交通手段である船の乗り方、風との付き合い方など、住んでみないとわからないことだらけで興味深い。

そしてなにより、便利な暮らしだけが贅沢ではないと強く感じさせられる。不便な日課も愛すべき貴重なことだと思わせるのが、ヴェネツィアの魅力のひとつではないであろうか。この本を通して島の住人の日常を覗き見していると、あなたは何に重点を置いて生きているのかと、心にぐさりと問い返された気がした。

文/塩見奈々江 アンティークショップオーナー、ライター

10年間暮らしたイタリアを中心に、ヨーロッパの田舎を回ってセレクトした古いものを取り揃えるantiques BAGATTOを運営する傍ら、執筆業も営む。足利市の名草の里山に、2018年開店予定。

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*「フィガロジャポン」2018年3月号より抜粋

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