フィガロが選ぶ、今月の5冊 まるで自分に宛てられたような、小川洋子の傑作短編集。

Culture 2018.05.30

音符と音符との間、ひっそりと流れる口笛を聴く。

『口笛の上手な白雪姫』

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小川洋子著 幻冬舎刊 ¥1,620

“危険物取扱い注意” の札を取りつけたい。そんな衝動に駆られる短編集だ。だって、用もないのに思わず117に電話してしまったのはまあいいとして、「先回りローバ」の登場を待つ自分がいる。ふと気づくと、かわいそうなことばかり熱心に探しては、いちいち指で拾い集めている……危険極まりない。

音符と音符との間、ひっそりと存在する音を聴くかのような奇譚8編。しかし、最後の一行に辿り着くたび、これは奇譚ではない、物語でもないとさえ思う。じゃあ何? と問われれば、“洞窟の奥から配達された綿密な報告書” と答えてみたい。しかも驚くことに、8つの報告書は、かつて自分の身に起こった/起こっている事柄について詳述されている。稀代の記録者、小川洋子によって。

吃音の少年が、耳に当てた受話器から聞く声。りこさんが図案を選び、針と糸を動かしてほどこしてくれる刺繍の花。シロナガスクジラとツチブタと映画撮影所の写真の悲しい関係。劇場で上演された『レ・ミゼラブル』を巡る記憶。聖遺物として掌に握りしめる初めて抜けた乳歯……雲母のかけらに光が照らされ、世界の片鱗がくっきりと浮かび上がる。少年の視線を通せば、透明に、清潔に。一方、女性たちの姿に宿るのは逸脱の気配だ。その狂気っぷりにぞくぞくさせられるのは、たとえば「仮名の作家」。とある作家のすべての作品を暗記している “私” は、書かれていない架空の場面を声にすることによって、“彼” と 秘密裡に通じ合う。怖い。でもこの怖さを、私は自分のものとして確かに知っている。あるいは、「口笛の上手な白雪姫」。白雪姫とは、公衆浴場の一部分として脱衣場の定位置にいる小母さんのこと。彼女は赤ん坊を胸に抱く聖者、いやそれとも……。

音符と音符との間に流れる口笛を聴いてしまった幸福と危険。戦慄せずにはいられない。

文/平松洋子 エッセイスト

世界各地を旅して食文化と暮らしをテーマに執筆する。小川洋子との共著『洋子さんの本棚』(集英社刊)のほか、近著に『日本のすごい味 おいしさは進化する』(新潮社刊)など。

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*「フィガロジャポン」2018年5月号より抜粋

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