フィガロが選ぶ、今月の5冊 恐ろしくて美しい4つの短編を収めた川上未映子の新刊。

Culture 2018.07.05

ただ壊れ、壊され、そして壊すための物語。

『ウィステリアと三人の女たち』

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川上未映子著 新潮社刊 ¥1,512

長袖の黒いワンピースを着た、どこか獣じみた印象の女が言う。「ただ壊れていくことと、壊されるということは、別のことなんです」

美しい4つの収録作において、女たちはそうした違いを芯から知ってしまうことと、知らずにおくことの間の、ぎりぎりの危ういところに立っている。

中学校の同窓会で、忘れていた過去を思い出す33歳の女優である “わたし”(「彼女と彼女の記憶について」)も、一日中デパートにいて大金を消費しつつ、それによって自分と現実に復讐する46歳の “わたし” (「シャンデリア」)も、家庭から遠ざかり保護される必要のある少女たちの、その中のひとりであるマリー(「マリーの愛の証明」)も、近所の取り壊し中の豪邸に心を奪われ、そこの住人であった老女の若き日々の仕事と恋、その始まりと終わりを幻視する38歳の “わたし”(「ウィステリアと三人の女たち」)も、作中のそのほかの女たちも。それどころか、私やあなただってきっと同じだ。

恐ろしいことが書かれていると思う。けれど、この本は、立ちすくむことを許さない。“壊される” ことの中には、自分によって壊される、つまり、壊す、ということも含まれているのではないか。それに気付かされたとき、彼女らに、私たちにその力があるのだと知るとき、私たちはもうあの境界を一歩、踏み越えている。

この本では、確かにその人の一部である重大なものが、身体の外側からもたらされる様相が繰り返し示される。記憶は “届けられた箱” のようで、シャンデリアはいつか必ず “わたし” めがけて落下するはずで、愛は誰の所有物でもなくどこかに存在するもので、自分の本当の声は声を交わしたこともない老女の声と重なって。

だから、そういうことだ。私やあなたにとっては、この本が、間違いなくそれなのだ。

文/藤野可織 小説家

1980年生まれ。2006年『いやしい鳥』(文藝春秋刊)で文學界新人賞受賞、13年『爪と目』(新潮社刊)で芥川賞受賞。近著に全8編収録の短編集『ドレス』(河出書房新社刊)がある。

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*「フィガロジャポン」2018年7月号より抜粋

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