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穂村弘が、17年ぶりに歌集を出版。

特集

歌に真空パックされた、ノスタルジー。

『水中翼船炎上中』

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穂村弘著 講談社刊 ¥2,484

興奮している。現代短歌界をリードしてきた穂村弘による、17年ぶりの新歌集が出たのだ。全328首の短歌は、現在を起点に、昭和の子ども時代へ遡り、昭和の終焉、21世紀初頭の家族像、母の死を描いた後、再び現在に戻る。

「母が落とした麦茶のなかの角砂糖溶けざるままに幾度めの夏」。ここには、知らないはずなのに、つい「懐かしい」と口にしたくなる夏がある。歌に真空パックされたノスタルジー。一方で、昭和の光景からここまで離れてしまったのかと、平成生まれの私ですら置き去りにされたようなさびしさを抱く。

21世紀初頭が舞台の連作「家族の旅」は美しい一連。「小の字になってねむれば父よ母よ2003年宇宙の旅ぞ」。川の字の真ん中で守られていた幼い頃を経て、今度は小さくなった両親が傍らで眠るのだ。「ちちははが微笑みあってお互いをサランラップにくるみはじめる」。ラップをかければ、鮮度が永久に保たれると信じられた頃があった。サランラップは、時間を止めるための装置。両親が自分たちをくるむのは、子の未来を案じてのことだろうか。

連作「火星探検」の歌に衝撃を受けた。「月光がお菓子を照らすおかあさんつめたいけれどまだやわらかい」。なんて身に迫るリアリティだろう。死によって、逆に生身の“おかあさん”を強く感じる。連作の最後、意識は再び、母が角砂糖を落としてくれたあの夏へ帰っていく。

タイトルにある“水中翼船”とは、作者が子どもの頃に本で知った“未来の乗り物”。昭和の夢から覚めた私たちが見つめるべき現在も、本書は鋭く突きつける。「電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっと君たちだから」。内容の不穏さと、朗らかな語り口のギャップに、どきりとさせられる。名久井直子による“船”をモチーフにした装丁が心強い。外箱の中のデザインは9パターン。半世紀にわたる“時間”の旅路のお守りのようだ。

文/文月悠光 詩人

1991年、北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社刊)で、中原中也賞を最年少で受賞。近著に『わたしたちの猫』(ナナロク社刊)、『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎刊)。

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*「フィガロジャポン」2018年9月号より抜粋

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