この秋、フェルメールの9点に東京で出合える!

Culture 2018.09.21

今年10月から2019年にかけて、上野の森美術館と大阪市立美術館で、日本の美術展史上最大規模のフェルメール展が開催される。東京展では8点、さらに2019年1月から公開されるものを含めると計9点を展示。大阪展では、大阪店限定の作品も含む計6点が展示される。フェルメールに精通し、フェルメールに関する著書も多数執筆しているノンフィクション作家・ジャーナリストの朽木ゆり子が、奇跡的に来日する計10作品について解説する。

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17世紀にオランダのデルフトに住んでいた画家ヨハネス・フェルメールが、世界的に大ブレイクしたのは、1995〜1996年に米国ワシントンとオランダのデン・ハーグで行われた『ヨハネス・フェルメール展』がきっかけだった。それから約20年たったいま、フェルメールは絵画のスーパースターとして押しも押されもしない存在となり、点数が少なく、独特の気品と静謐さに満ちたその世界に惹かれる人の数は多くなるばかりだ。

10月5日から上野の森美術館で行われる『フェルメール展』では、現存する35点(学者によって現存点数は異なる)のフェルメールの作品のうち、全期間で計9点が展示されるとあって、見逃せない。日本初公開の《ワイングラス》《赤い帽子の娘》(12月20日までの展示)そして《取り持ち女》(19年1月9日からの展示)も美しい作品だ。本展の見所は、フェルメールの絵を初期から後期まで幅広く観られることで、フェルメールの筆がどのように洗練されていったかを観ることができる。

1.マルタとマリアの家のキリスト
Christ in the House of Martha and Mary

聖書の物語を描いた、フェルメール最初期の作品。

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1654-1655年頃
スコットランド・ナショナル・ギャラリー National Galleries of Scotland, Edinburgh. Presented by the sons of W A Coats in memory of their father 1927

フェルメールの最も初期の作品で、メランコリックな色調が美しい。1632年に生まれたフェルメールは、1653年、21歳でデルフトの聖ルカ組合(画家の組合)に加入して一人前の画家となったが、その1〜2年後に描かれたとされているのがこの絵。フェルメールは物語画(神話や宗教を主題とした絵)を描くことから出発したが、この作品はそれを証明する数少ない絵の1枚で、忙しく立ち働いているマルタと座り込んでキリストの話を聞いている妹マリアの対比を描いている。茶のモノクロームを背景に、手前の3人の姿が明るい光の中に浮かび上がっている。マリアの赤い上着、マルタの黄色いベストと袖の白、そしてキリストの茶色い服、どれも憂いに沈んだようなエレガントな色彩だ。

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2. 牛乳を注ぐ女
The Milkmaid

牛乳を注ぐ鍋が置かれた、不思議な形のテーブルに注目。

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1658-1660年頃 
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum. Purchased with the support of the Vereniging Rembrandt, 1908

画家として独り立ちしてから3年ほどで、フェルメールは物語画から市民の生活を描いた風俗画に転身した。理由はその種の絵に需要があったからで、豊かな生活をしていたオランダ市民たちは、自分の家の中に飾ることができる身近な内容で、サイズの小さな絵を欲しがった。《牛乳を注ぐ女》の構成は、一見単純だ。後ろは壁、光が左の窓から入り、女性は真ん中に立って牛乳をピッチャーから鍋に注いでいる。しかし、壁に反射している光には微妙な濃淡があり、床との境目のデルフトタイルや床に置かれている小箱にも意味がありそうだ。そして、たくさんのパンが載っているテーブルにも注目。テーブルが奧に向かって広がっている形が不思議で、フェルメールは透視法を無視した(透視法では奧に向かってつぼまるはずなので)といわれてきたが、最近ではこのテーブルは当時オランダで使われていた六角形のものだったという新説が有力となっている。

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3. ワイングラス
The Wine Glass

フェルメールの洗練具合がわかる、日本初公開作品。

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1661-1662年頃 
ベルリン国立美術館
© Staatliche Museen zu Berlin, Gemäldegalerie / Jörg P. Anders

ベルリン国立美術館から初めて日本にやってくるこの絵は、《牛乳を注ぐ女》より少しあとに描かれた。女性のピンクのドレスも、テーブルのうえのタペストリーも、窓のステンドグラスも美しい色彩で、フェルメールがどんどん洗練されていく様子がわかる。絵では、女性はグラスを空にしていて、男性が2杯目を勧めているように見える。オランダ風俗画の約束では、音楽(椅子のうえにリュートが置かれている)は「愛」を暗示しており、またステンドグラスに描かれている女性は「節制」の寓意像(手綱を持っている女性は伝統的に「節制」を表す)。したがってこの絵は「愛とお酒に溺れてはならない」という教訓を伝えているとされる。しかし、この絵に描かれている男女はとても上品で、愛にもお酒にも溺れるように見えないところが、フェルメールらしい。

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4. リュートを調弦する女
Woman with a Lute

ミステリアスで優美な、室内の女性単身像。

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1662-1663年頃 
メトロポリタン美術館 Lent by the Metropolitan Museum of Art, Bequest of Collis P. Huntington, 1900 (25.110.24).  Image copyright © The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

フェルメールは30代に入り、その絵はますます優美になった。このころから室内の女性単身像という、最もフェルメールらしい絵が描かれるようになる。《リュートを調弦する女》では、窓辺に座った女性がリュートを調弦しながら窓の外を見て、何かに想いを馳せているようだ。床に置かれたヴィオラ・ダ・ガンバは、間もなく恋人がやってきて一緒に演奏することを意味しているのかもしれない。一方で、背景に掛かっている地図によって、恋人が遠くにいることが暗示されている可能性もある。観るほうもいろいろな想像ができる。室内がほの暗く、どことなくミステリアスな雰囲気なのも、計算のうえだろう。

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5. 真珠の首飾りの女
Woman with a Pearl Necklace

若い女性の輝きを写しとった、フェルメール絵画の傑作。

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1662-1665年頃 ベルリン国立美術館
© Staatliche Museen zu Berlin, Gemäldegalerie / Christoph Schmidt

《リュートを調弦する女》や《手紙を書く女》と同じ上着を着ている若い女性が真珠の首飾りを着けようとしている瞬間を描いているが、女性は幸せそうで光輝いている。この時期に描かれた作品は、フェルメール絵画の頂点に位置するといってもいい。絵の中の女性は、特徴のあるリボンで髪を飾って、真珠のイヤリングを着けており、ネックレスは最後の仕上げのようだ。当時のネックレスは、この絵でもわかるように、装着用のリボンを前で結んでから、結び目を後ろに回すタイプだった。この絵の背景には、《リュートを調弦する女》と同じように地図が描かれていたのだが、フェルメールはそれを塗りつぶしてしまった。それによって空間構成がガラッと変わり、静かな緊張感と澄みきった空気が漂う絵となった。

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6. 手紙を書く女
A Lady Writing

静かに微笑む女性が書く、手紙の内容は?

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1665年頃 
ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, Jr., in memory of their father, Horace Havemeyer, 1962.10.1

これもフェルメールの傑作の1枚。背景に絵が掛かっており、肉眼では見えにくいが楽器が描かれていることから、彼女が書いているのはラブレターだという解釈ができる。オランダでは当時、手紙を書いたり、受け取って読んだりしている風俗画が盛んに描かれた。そういった絵では、登場人物の表情がわざとらしかったり、反対に無表情だったりするのだが、フェルメールの絵では女性の表情は自然で、軽い微笑みが手紙の内容を想像させる。リボンの特徴的なヘアスタイル、真珠のイヤリング、そして机のうえに置かれた真珠のネックレス(装着用のリボン付き)などを見ると、女性は《真珠の首飾りの女》と同一人物のようにも見えるが、どうだろう?

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7. 赤い帽子の娘
Girl with the Red Hat

これもフェルメール? 不思議な特徴を持つ日本初公開作。
(12月20日まで)

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1665-1666年頃 
ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Andrew W. Mellon Collection, 1937.1.53

ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵のこの絵も、日本初公開。この絵には不思議な特徴がいくつかあることから、フェルメールの作品ではないと考える学者もいる。たとえばほかの作品がすべてキャンバスに描かれているのに対し、この絵は板に描かれている点。さらに、赤い帽子の素材の見当がつかないとか、女性は椅子に座っているはずなのに背もたれに付いているライオンの向きが反対だ、などという指摘もある。X線写真ではこの絵の下に男性の肖像画が天地逆に描かれていることもわかっている。そういった論争とは別に、一風変わった女性のファッション、赤い帽子、ブルーのジャケット、白いスカーフなどの光沢ある質感とヴィヴィッドな色彩を楽しむこともできる。

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8. 手紙を書く婦人と召使い
Woman Writing a Letter, with Her Maid

画家として熟練し、さらに複雑さが増した作品。

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1670-1671年頃 
アイルランド・ナショナル・ギャラリー Presented, Sir Alfred and Lady Beit, 1987 (Beit Collection) Photo © National Gallery of Ireland, Dublin NGI.4535

《手紙を書く婦人と召使い》が描かれたころには、フェルメールの画家生活も20年近くなっていた。かつてはシンプルだった絵にはさまざまな工夫が込められるようになり、複雑さが増している。女主人は手紙を書いており、その手紙の内容を伝えるためのヒント(壁に掛かっている絵、床に落ちている紙片、赤い封蝋など)が絵の中にたくさんちりばめられている。一方、召使いは余裕ある表情で窓の外を見ている。この絵は、元々ダブリン郊外の個人宅にあったが、1974年と1986年、2度盗難に遭った。しかし2度とも無事に戻ってきた(ただし、2度目は戻ってくるまで7年かかった)、いわば“サバイバー・フェルメール”。持ち主が寄贈して、現在はアイルランド・ナショナル・ギャラリー蔵。

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9. 取り持ち女
The Procuress

追加出展が決定! 物語画から風俗画への境界的作品。
(東京展は2019年1月9日から2月3日まで、大阪展は通期展示)

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1656年
ドレスデン国立古典絵画館 bpk / Staatliche Kunstsammlungen Dresden / Herbert Boswank / distributed by AMF

現存するフェルメール最初の風俗画で、1656年という年記がある。今回の展覧会の作品でいえば、《マルタとマリアの家のキリスト》と《牛乳を注ぐ女》の間に位置する。変わったタイトルだが、お客と売春婦の仲介をする(取り持つ)女性という意味。この絵の内容が下品で、フェルメールの絵の世界と違うことに疑問を覚える方もいるかもしれないが、《取り持ち女》は当時よく描かれた「放蕩息子」という宗教的テーマの一部で、物語画が風俗画に変わる境界的作品にあたるものだった。この絵では人物をクローズアップして、明暗をはっきりとさせたスタイルで描いているが、この後フェルメールは独自の空間構成を会得していく。いちばん左にいる帽子を被った男性はフェルメールの自画像ではないかといわれている。

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10. 恋文
The Love Letter

盗難に遭い修復された“サバイバー・フェルメール”。
(大阪展のみ)

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1669-1670年頃 
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum. Purchased with the support of the Vereniging Rembrandt, 1893 ※大阪展のみ展示  

《手紙を書く婦人と召使い》とほぼ同時期に描かれたとされている作品で、女主人と召使いが登場する点も似ている。ただしこちらは、女主人が手紙を受け取ったところだ。隣の部屋を覗き見しているような絵柄で、手前が暗く向こう側の部屋が明るくなっているのがおもしろい。背後の画中画や、楽器、箒や手前にあるスリッパなど、手紙の内容を暗示する小道具がふんだんに描かれている点も《手紙を書く婦人と召使い》に似ている。この絵も1971年に貸し出し先のブリュッセルの美術館から盗まれた。犯人は44x38.5cmとサイズの小さいこの絵を額縁からナイフで切り取って丸め、尻ポケットに突っ込んで逃走。発見された時は大きなダメージを受けていたが、元どおりに修復された。

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フェルメール盗難事件を巡る、新事実とは。
『消えたフェルメール』


1990年、ボストンのガードナー美術館からフェルメールの《合奏》ほかが盗まれた事件は、30年近くたったいまも未解決。ファンの期待も虚しく、《合奏》の行方も不明だ。筆者は過去にあったほかのフェルメール盗難事件4件(いずれも解決済み)の分析をしつつ、《合奏》の現在を推理する。

朽木ゆり子著 集英社インターナショナル刊 ¥929
2018年10月5日(金)発売

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フェルメールと同時代の、オランダ絵画約40点も展示。

17世紀のオランダは黄金時代ともいわれるが、貿易や金融業が発展してオランダは経済大国となり、市民が豊かな生活を楽しむことができた。そういった豊かさを背景に、人々が自宅を絵画で飾ることに熱心になり、風俗画、風景画、静物画といった新しいジャンルが発展、絵画の黄金時代をつくり上げた。

風俗画はオランダで特に人気があった。フェルメールが暮らしたデルフトに住んだピーテル・デ・ホーホは、独特の透視図法を使った室内画を描き、フェルメールの世界に近い絵も多い。ヤン・ステーンは農民生活の風刺画のようなコミカルな絵を描き、ハブリエル・メツーは市民生活を優しいタッチで描いた。ヘラルト・ダウは、上流階級の人々を楽器や書物などの小道具と一緒に、精密に描くのがうまかった。フェルメールも含めたこれらの画家たちはお互いの家を行き来し、作品を観たり、影響を受け合ったりしていた、と考えられている。

産経新聞創刊85周年・フジテレビ開局60周年記念事業
フェルメール展

東京展:
2018年10月5日(金)〜2019年2月3日(日)
上野の森美術館(東京・上野)
開)9:30〜20:30 ※開館・閉館時間が異なる日があります
閉)12月13日(木)
入場料金:前売日時指定券 一般¥2,500ほか
チケット購入方法については下記をご覧ください。
www.vermeer.jp/ticket/
●問い合わせ先:インフォメーションダイヤル
tel. 0570-008-035(会期前10:00〜18:00 /会期中9:00〜20:00)

大阪展:
2019年2月16日(土)〜5月12日(日)
大阪市立美術館(大阪・天王寺)
開)9:30〜17:00
閉)月 ※祝日の場合は開館、翌日休館。ただし4月30日、5月7日は開館
入場料金:一般¥1,800ほか
●問い合わせ先:大阪市立美術館
tel. 06-6771-4874

www.vermeer.jp/

réalisation : YURIKO KUCHIKI

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