恋人も家もなくした女が、等身大のパリで希望を掴む。

Culture 2018.10.08

あなたのそばにいたいかも、という小さくて壮大な気持ちの鮮度。

『若い女』

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付き合って10年、著名な写真家のモデルとしてと同棲していたポーラは、捨て子みたいに冬のパリに叩き出される。恋人の威光に庇護されてきた31歳の未熟娘の自立への冒険譚。カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞。

さむい夜のパリ、病院からくすねて羽織るコートはレンガ色、右目は茶色、左目は青色。

「服は変えられても、その目の色は変えられない」。デパートで偶然会った警備員にはそう言われる。自分が自分でいることはどうあがいても変えられないもの。でも、どんな自分でいたいかは変えられることだ。主人公のポーラは、自分を見捨てた彼の猫を墓地に放した。「ここなら自由よ」。確かに死んでしまったら、それは自由なのかも。

ずっと一緒にいた人にいきなり別れを告げられたり、家族が自分の求めるやさしさじゃない時とか、思いどおりにならないことにカーテンを閉ざしては毛布にくるまる。これは生きているという不自由さなのか? でも、ふと耳をすましたら、ベビーシッター先の女の子とプールのシャワーを浴びながら大声で歌う心があるような。あなたのそばにいたいかもしれない、という小さくて壮大な新しい気持ちが聞こえるような。経験したことのないこと、そんなものに出会った時、いまどんな自分でいたいか? とポーラは自身に問いかける。ポーラの時間の流れが変わる瞬間、下を向く時の瞳が変わる。この不自由を生きることはギル・エヴァンスの「Las Vegas Tango」の始まりのようにさみしく暖かい。

そんな人間らしいポーラは魅力的だ。出来事を生活の色として見せてくれる。うまくいかない人間関係も、たくましい表情も、おどけた暖かさも。女中部屋の壁は古そうな水色、布団セットは橙色。バイト先の下着屋で、リップは濃いピンク色。ときどき訪れるのはノスタルジー。ポーラは自分になることができる。

文/真舘晴子 ミュージシャン

3ピースガールズバンド、The Wisely Brothersのボーカルとギターを担当。2018年2月、ファーストフルアルバム『YAK』で メジャーデビュー。今夏はサマーソニック2018などに出演。
『若い女』
監督・脚本/レオノール・セライユ
出演/レティシア・ドッシュ、グレゴワール・モンサンジョン
2017年、フランス映画 97分
配給/サンリス
渋谷ユーロスペースほか全国にて公開中
www.senlis.co.jp/wakai-onna

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*「フィガロジャポン」2018年10月号より抜粋

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