女性アーティストたちの、美しき挑戦。 #04 荒井美波が文豪の直筆原稿に見出した、アートの時間。

Culture 2018.10.10

いま、女性アーティストたちの活躍がめざましい。その美しさに魅了されたり、ユニークな発想にはっとさせられたり……彼女たちの作品と対峙することで、観る者も豊かな世界を体感できるはずだ。しなやかな感性と鋭い視点で作品をクリエイトする、気鋭の5人のアーティストにインタビュー。第4回は、日本近現代文学史に名を残す文豪たちの“執筆する身体”を筆跡から浮かび上がらせる、荒井美波。

日本文学の巨匠たちの直筆原稿に、ロマンを感じて。

ヌメ革が貼られたキャンバスから、ワイヤーで綴られた文字が立体的に浮かび上がる作品『行為の軌跡』は、夏目漱石、谷崎潤一郎、太宰治など、明治から昭和初期に活躍した日本文学の巨匠たちの直筆原稿を、視覚芸術として再構築したものだ。荒井美波は、本シリーズを大学の卒業制作として発表し、大学院進学から社会人になった現在もなお制作を続け、編集者の都築響一にも絶賛されるなど、アーティストとしてのキャリアを着実に重ね続けている。

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MINAMI ARAI
1990年、東京生まれ。2012年、武蔵野美術大学卒業制作優秀賞を受賞。同大学大学院に在籍中にMITSUBISHI CHEMICAL JUNIOR DESIGNER AWARD 2013佳作受賞(13年)、個展『Trace of Writing』(TRAUMARIS/14年)、『生誕105年 太宰治展』にて太宰治『人間失格』作品展示(神奈川近代文学館/14年)、また一青窈のアルバム『私重奏』に作品を提供するなど活躍の場を広げる。14年に武蔵野美術大学大学院修了制作 優秀賞を受賞。15年、武蔵野美術大学大学院修士課程視覚伝達デザインコース修了。主な展覧会は個展『行為の軌跡Ⅲ』(TAV GALLERY/17年)、恵比寿映像祭2018地域連携プログラム「Out of Sinking」(AL GALLARY/18年)。

「いつの頃からか、人はいつ死ぬかわからないと考えるようになり、(アーティストして作品を制作するのであれば)後世に残るものをつくれなければ意味がないと思うようになりました。だからこそ、作者が亡くなっても思想として残っていく美術作品や文学のあり方と、その文学を生み出した作家たちの直筆文字にロマンを感じます」

大きな黒い瞳の奥に深い思索を宿しながら、荒井美波は丁寧に言葉を選んで話す。彼女の作品世界には、長い歴史の中では一瞬に思える儚い人間の生とともに、時代が流れる中でも変わらず輝きを放ち続ける文学作品の持つ「残る・残されていく」という強度が同時に存在している。良質な文学や美術作品が後世に引き継がれていく過程では、作品に触れた人によって新たな解釈を得て、また作品性が育っていく。

時間とともに、作品が育つさまを表現したい。

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『行為の軌跡―活字の裏の世界―』より、夏目漱石『心』2013年。キャンバスにヌメ革を貼り、針金で制作。

「人が介在する歴史の中で、思想としても物質としても『育っていく』本に魅力を感じます。さらに直筆原稿には、作者が文字を書く時間の中で、文字も思想も育つイメージがあります。作品にも作家が書く時間の軸を取り入れるために、針金という素材を使って、書き順を立体的に再現しています」

作品にヌメ革を使っているのも、あえて経年変化しやすい素材を選ぶことで、時間とともに作品が育つさまを表現するためでもある。荒井美波の作品には、モチーフとなっている文学作品の持つ歴史と直筆原稿が生み出された時間とともに、美術作品として作品が育っていく先の時間までもが、折り重なって存在しているのだ。

アナログとデジタルの両方を探求すること。

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『行為の軌跡―活字の裏の世界―』より、小林多喜二『蟹工船』 2012 年。校正記号も忠実に再現。『平成24年度 武蔵野美術大学 優秀作品展に出展。

大学院卒業後は専業アーティストではなく、就職して働きながら制作するスタイルを選んだ。そこには、ひとりきりでアトリエに籠って制作をすると、誰にも会わずに食事もおろそかにしがちな自分に、人と会うことで刺激を与えようという意図があった。美術作家は作品コンセプトの立案から完成まで、ひとりでやりきることが基本だが、社会に出て働けばひとりだけではできないことも経験できる。実際に社会に出ることで新たな視点を得ることもできた。

「これまではアナログなものがいいと思っていました。けれど最近、デジタルの中でもものが育っていく感覚があると気が付いたんです。たとえばスマートフォンは、アプリケーションを入れて使いやすくカスタマイズしていきます。アプリケーション自体もシステムをブラッシュアップしてアップデートされる。それは、使っている人に合わせて、デバイスが育っていく姿にも思えて。それでいまはUXデザイナー(*)としても働いています」

*UXは「User Experience(ユーザー・エクスペリエンス)」の略。ユーザーがやりたいことを“楽しく”“心地よく”実現するためにサービスや製品を設計するデザイナー。

人の営みの中で残っていくもの、育っていくもの、そこに込められた深い思想。アーティストとUXデザイナーというふたつの顔を持ちながらも、荒井美波は自身が魅力を感じるものに、まっすぐに向き合い続けている。そんな彼女だからこそ、シリーズとしての『行為の軌跡』も、さらに深みを帯びることが期待できる。そして、いま現在取り組んでいるデジタル世界への探求が、荒井美波の中で新たな展開を生み出し、これまでにない作品シリーズが生まれる未来が存在するのであれば、それもまた楽しみでならない。

〈気になる彼女たちへ、5つの質問。
1. 最近、幸せを感じた瞬間は?
自分と向き合う時間を共有してくれた、大学の恩師や友人と再会したこと。

2. 子どもの頃の夢は?
漫画家。

3. いまいちばん行きたい場所は?
ベルリンにある歴史的なテクノハウス「ベルグハイン」。

4. いまいちばん会いたい人は?
自分を心配してくれていた、亡くなった祖父。

5. 将来、やってみたいことは?
美術教育に関わって若い人の悩みや葛藤に向き合い、制作の後押しをしたい。

もっと知りたい、荒井美波の作品。

photo : AKEMI KUROSAKA (STUH / PORTRAIT), réalisation : AYAKO TOMOKAWA, cooperation : GLOUGLOU REEFUR

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