女性アーティストたちの、美しき挑戦。 #05

向き合うことで心が澄みわたる、平松麻の静謐な絵画。

特集

いま、女性アーティストたちの活躍がめざましい。その美しさに魅了されたり、ユニークな発想にはっとさせられたり……彼女たちの作品と対峙することで、観る者も豊かな世界を体感できるはずだ。しなやかな感性と鋭い視点で作品をクリエイトする、気鋭の5人のアーティストにインタビュー。最終回は、「無為」の心で絵画を描き続ける平松麻に、創作についての話を聞いた。

奥へ奥へ、どこまでも入っていける絵を描きたい。

展覧会を丁寧に重ねながら、書籍のカバー画や挿画を手がける画家・平松麻。彼女の創作をひと言で表すなら「無為」という言葉がふさわしい。

私鉄の線路が見えるひっそりとした住宅地のアパートにある、平松のアトリエを訪ねた。描きかけの作品や積み上げられた本、拾った石や習作の陶器、孤高の画家ロベール・クートラスのカルト(カード状の絵)などが集積され、部屋にあるものすべてがあるひとつの風合いによってしっくりとした密度をつくりあげていた。

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ASA HIRAMATSU
1982年、東京都生まれ。大学卒業後、設計事務所で空間デザインを学ぶ。その後、銀座のギャラリーに勤め、2012年より本格的に制作を始める。展覧会での発表を軸に、村上春樹氏のアンデルセン文学賞受賞の講演テキスト(SWITCH PUBLISHING『MONKEY vol.11』/17年)や穂村弘氏の書籍(河出書房新社『きっとあの人は眠っているんだよ: 穂村弘の読書日記』/17年)などの挿画も手がける。

「これくらいに密な空間で仕事をするのが自分に合っているみたいです。現実の生活からここに戻ると、冷静になれて心が休まるんです。根を詰めると泊まり込むこともあります。絵画が本当に好きなので、朝、目覚めて最初に目に入るものが絵であることがうれしいんです」と話す、その屈託のない語り口に引き込まれる。

その静謐な絵画世界は、現実にない風景を望むような不思議な奥行感を持っている。風雨に洗われたような風景を描きながら、そこにひそむ「気配」を描いているといったほうがいいかもしれない。

「作為で画面を作るようなことをすれば、絵が向こうから縁を切ってきます。もとからある気配や存在が自然に出てくるまで待って、ペインティングナイフが進みたい方向に動くように描きます。平面の表現だけでは叶わない、奥へ奥へと、ずぶずぶとどこまでも入っていけるような絵を描きたいと思っています。知りたいことに向かうことが私にとっての絵画なのかもしれない」と語る。

根来塗が醸し出す、経年変化の景色をお手本にして。

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『雲V』油彩 2018年。雲は平松にとって大切なモチーフという。木のパネルに絵の具を塗り重ね、布やすりで削って絵肌を作っていく。 photo : MASARU YANAGIBA

キャンバスでなく木のパネルに下地を作り、絵の具を重ねる。パレット代わりにしたパネルの上で少しずつ試しながら、「内臓から皮膚へとにじみ出てくるような」色やマチエール(絵肌)を作り出していく。平松はそのプロセスを、使い込むほど下に敷かれた色が現れる根来塗の漆器に喩えた。美術教育を受けてはいないが、幼少の頃から毎日のつとめだったお膳立てがいまの絵画制作につながっているという。

「食事のたびに、料理に合う器を水屋箪笥から選んでくるように母に言われ、違うと思えば何度も選び直しました。食卓の色調や構図を作ることを、無意識のうちに学んでいたように思います。重ねてしまわれた漆器のよく使うものとそうでないものを、まんべんなく使うために上下に入れ替えたりするのも私の役目でした。そのなかで塗りの景色の変化に気づいたんです。長年お茶にも関わっているので、室礼や道具の見立ても絵画制作への学びに直結しています。私にとっては歴史の波を乗り越えてきた古美術が、いちばんしっくりとくる先生だったのかもしれません」

絵を描くことで、自分でいられる。

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『黄色い絵』油彩 2018年。今年9月の個展で、平松は初めて黄色という色に取り組んだ。

学生の頃から展覧会にひとりでも足を運んだ。目に留まった絵画の前で、なぜよいと感じるのか、その理由を自分の言葉に置き換えて納得するまでそこに佇み続けた。美大には進まなかったが、銀座のギャラリーでアルバイトをしながら、キュレーターやギャラリストの仕事に就くことを考えていたという。

「絵を描くことが仕事になるとは考えたことがなかったんです。ところがある日、1枚の絵を観た瞬間に過呼吸になるほどの衝撃を受けて。その絵があまりにも純粋すぎて、自分が脂肪だらけで、お腹の中に“景色”が溜まりすぎていると感じてしまった。それまでの私は完璧を目指す自己否定的な人間だったのですが、『表現しないと自分じゃない。自分に生まれてよかったと感じられる唯一の杭になるのは、絵を描くことなんだ』と分かりました」

子どもの頃から物事に執着したり、作為で何かを行ったりしないよう、無意識に自身を律してきたそうだ。だからこそ自身の行いが手離れしたり立ち消えたりすることも、自然なこととして肯定してきた。そんな彼女はこの初夏、近所を散歩している時、ふと座禅会に足を踏み入れた。座禅会を終えて外に出た直後の一瞬、周囲の世界がひときわ鮮烈に見え、くっきりと輪郭を現したのと相反して、自分の存在がパンッと手を叩くように消える体験をしたのだという。

「ほんの2秒ほどですが、何枚もの木の葉っぱの1枚1枚が色濃く目に映り、枝ぶりのリズムが濃紺の夜空に伸び、足下の落葉の音や地下からの湿度や右頬にあたる風をすべて同時に感じ、あらゆるものが境界をなくすような体験でした」と、宝物を見つけた子どものように歓びを隠さない。

こういった不思議なエピソードもすんなりと聞いてしまうほど、平松麻の絵画に向き合うと神社にお参りしたようなせいせいとした気持ちにさせられる。あるいは聖教徒のイコンのように懐にひそませて持ち歩いたり、寝室の枕元に置いたりしたい。お守りの清らかさをもっている絵画世界なのだ。

〈気になる彼女たちへ、5つの質問。
1. 最近、幸せを感じた瞬間は?
泊まり込んで制作した翌朝、描きかけの絵が目に入ってきた時。

2. 子どもの頃の夢は?
雲の上に行きたいと思っていました。

3. いまいちばん行きたい場所は?
黄という色の中に入りたい。黄色は砂漠のような花粉のような肌のような光のような……掴めない色だからこそ、中に入ってみたい。

4. いまいちばん会いたい人は?
江戸時代の僧侶・歌人の良寛さん。運筆を見てみたい。

5. 将来、やってみたいことは?
芝居などのポスターに絵を使っていただけたらうれしい

もっと知りたい、平松麻の作品。

photo : AKEMI KUROSAKA (STUH / PORTRAIT), réalisation : CHIE SUMIYOSHI

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