フィガロが選ぶ、今月の5冊 柴崎友香が、東出昌大を文学小説にキャスティング。

Culture 2018.11.08

「東出昌大」という実体をもって、読者の頭に投影する。

『つかのまのこと』

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柴崎友香、東出昌大著 市橋織江写真 KADOKAWA刊 ¥1,620

なぜ人は、東出昌大を幽霊とか宇宙人として登場させたくなってしまうのだろうか。小説家・柴崎友香はそれを「ここにいるんだけど、別のどこかを見ているような眼差しのせい」と言った。なるほど。柴崎もまた東出昌大をキャスティングする。彼の写真(撮影・市橋織江)をふんだんに掲載した小説『つかのまのこと』において、そのイメージを投影するよう要請される主人公の「私」もやはり幽霊、家に居憑いた地縛霊である。しかし、単なる幽霊以上に「東出昌大」という実体を得ているせいか、柴崎友香は幽霊像(て何だ)を大胆に刷新していく。正直2度ほど腰を抜かさんばかりに驚いた。

もっぱら、「見ること」と「 聞くこと」が幽霊の主な生態となる。その眼差しは目の前を過ぎゆくものを慈しむ。もはや自分が関わることのできない世界を、絶対的な距離において肯定する。その営みは、どうしても「映画の観客」と限りなく似てくる。そう思っていたら、幽霊が、とある映画を見始める。幽霊が、天使を見る。そして天使を羨ましがる。なんてシーンだ。そんなことあるのか。いや、もちろん絵空事×絵空事なのだが、それは東出昌大を具体的にイメージすることで妙な説得力を帯びる。

そして、この小説の白眉は「地縛霊が家を出る」というルール(とはしかし何か)違反も甚だしい瞬間にある。自転車の荷台に腰掛ける。幽霊との、自転車ふたり乗りだと……! あのデカい人が、こんなに、可愛く……。これを言うことが許されるのかわからないが、率直に思った。映像化したい。特に犬に向かって吠え返す東出昌大は是非撮ってみたい。あと、深緑色の(おそらくモフモフした)異形の塊とのコミュニケーションを図る、東出昌大。考えただけでも胸が苦しい。尊い。しかし、読者の頭に投影されたものに勝つ自信はない。同じ俳優を演出した者として、敗北感にまみれた小説であった。

文/濱口竜介 映画監督

1978年、神奈川県生まれ。2015年、『ハッピーアワー』で数々の国際映画祭の賞を受賞。現在、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも選出された東出昌大主演『寝ても覚めても』が公開中。

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*「フィガロジャポン」2018年11月号より抜粋

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