3つの展覧会が開催、ソフィ・カルの魅力。

Culture 2019.02.05

虚実入り交じり、見る者を宙ぶらりんにするソフィ・カル作品の魅力。

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ソフィ・カル  Photo/Jean-Baptiste Mondino

写真とそれに添えた文章からなる作品で知られるフランスのアーティスト 、ソフィ・カル。現在、原美術館、そしてギャラリー小柳、ペロタン東京と3カ所で個展が開催中。カル祭りとも言えるこの機会を楽しむために、彼女の作品の魅力をご紹介します。

少女の頃からひとりゲームにふけり、子どもらしからぬ一風変わったふるまいをしていたというソフィ・カル。17歳になると大学に進むことなく、中国、アメリカ、メキシコを渡り歩く旅に出た。1970年代後半、パリに落ち着いたものの街になじめず、どうしたら日々を楽しく暮らすことができるのだろうと思案していたところ、ほかの人は毎日、何をしているのだろう?と気になりだしてしまった。そこから他人の一日を覗くことを思いつく。その日、最初に出くわした人の後をずっとつけるのだ。あくまで彼女が関心を持っているのはほかの人がどうやって一日を過ごしているかということ。だから途中、尾行する対象が家の中に入ってしまえば、そこで追跡はおしまい。ストーカーのようにしつこく待ち伏せはしない。翌日、別の人の暮らしを観察するだけのことなのだ。一日をどう過ごせばいいのか自分でわからないから、他人の行動に解を見つけようという極めて客観的な手法に思える。こうした活動をカル自身はアートと認識しておらず、ルールを決めてひとりで楽しむゲームと捉えていたようだ。

またある時はアドレス帳を拾ったことをきっかけに、見知らぬ持ち主Aさんについて知るための常軌を逸した行動に出る。アドレス帳のページをすべてコピーしてそこに記されている人に片っ端から連絡を取り、持ち主Aさんについて語ってもらうという“ゲーム”「アドレス帳」(1983年)を考え出した。この他者が語るAさん像は毎日、フランスの日刊紙「リベラシオン」に掲載され、人それぞれ異なるAさん像を浮かび上がらせることになった。カルにしてみれば、多くのデータをもとに自分は会ったこともないAさん像を客観的に作り上げていったつもりかもしれないが、極端な見方をすれば事件の犯人を捜すための聞き取りと変わらない。当のAさんが憤慨したのも当然だ。

このように他者の視点を自分にシェアしてもらうよう働きかける作品がカルの持ち味であるいっぽう、自分事を他者とシェアする手法も彼女の作品の特徴。東京で開催の3つの展覧会では、彼女の身に降りかかったパーソナルな出来事が赤裸々に明かされる。

原美術館「『ソフィ カル―限局性激痛』原美術館コレクションより」展

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「『ソフィ カル―限局性激痛』原美術館コレクションより」展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

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Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

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大失恋の不幸話を他人に聞いてもらい、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、傷心から立ち直る様子が美しい写真と刺繍で綴られた二部に展示された作品の一部。「ソフィ カル―限局性激痛」1999-2000年 原美術館での展示風景
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

1999年、ソフィ・カルの日本の美術館における初の個展『限局性激痛』を開催した原美術館では、20年前の個展をフルスケールで再展示。これはカルにとって“人生最悪の日”となった、恋の破局の日にいたるまでの92日間をロードムービーのように毎日撮影した写真とテキストの数々を組み合わせた一連の作品で構成したもの。失恋当時30歳とはいえ、恋に対して未熟だった彼女が恋仲にあった相手と離れて、日本に3カ月間滞在する間の不安な胸の内を綴ったパーソナルな作品。しかし、よくよく考えると初めから92日後に起きる大失恋までを予測するかのように記録しておくという設定がきな臭い。演出されたシナリオなのか、はたまた心が切り裂かれるほどの失恋をしたのは真実なのか、観る側には釈然としないままカルの気持ちになれないもどかしさが残るのだ。

これらはもともと同館での初個展のためにカルがギャラリーの空間に合わせて写真のフォーマットもディスプレイも決めたもの。そうしたいきさつもあって、写真とテキスト全セットを原美術館が同館コレクションに加えることにした。ゆえに同館のために作られた作品でもあり、そこでしか実現しない展覧会だろう。

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ペロタン東京『My Mother, My Cat, My Father, in That Order(私の母、私の猫、私の父、この順に)』展

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40名のミュージシャンがスーリーに捧げたコンピレーション『スーリー・カル』

“自分事”をアートにしたカルの自伝的作品は、他人と共有することで悲しみから立ち直るというセラピー的な一面もある。そうした作品はペロタン東京の展示でも中核をなし、近年 帰らぬ人となった彼女の両親、猫にまつわる作品で組み立てられている。なかでもぜひ体験して(聴いて)もらいたいのが昨年10月、パリのペロタンギャラリーで披露され、話題になった『スーリー・カル』シリーズ。これは人生の17年間をともにした愛猫スーリーを亡くしたカルが、知り合いのミュージシャンに猫に捧げる曲の創作を依頼したことから生まれた作品。ボノ、ローリー・アンダーソン、ファレル・ウィリアムズ、ルー・ドワイヨン、カミーユといったミュージシャンはカルから送られた愛猫の動画や亡くなって安らかに眠る姿をもとに鎮魂歌を提供した。同一の猫へのオマージュであるものの、ファレルは猫の鳴き声をラップ調に仕立てるし、ボノは留守番電話に不在のスーリーへのメッセージを残すなど、それぞれのミュージシャンらしさが際立ち、楽曲として聴きごたえも十分。

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ギャラリー小柳『Parce que(なぜなら)』展

カルをいち早く日本に紹介したギャラリー小柳では、展覧会名になっている日本初公開の「Parce que」シリーズから9点を公開。これらは額装写真の前面にテキストが刺繍された布が垂らされ、その布をめくると写真が現れる仕組みになっている。「Parce que」から始まるテキストは、布が覆っている写真について、なぜこのイメージなのかを説明する。例えば『Sans enfants, sein(子供なし、胸)』と題した作品では「なぜなら、インターネット上で私の説明が『ソフィ・カル、あえて子供をもたないアーティスト』とたった7 語でかたづけられているのを見つけたから。ほんのお遊びとして、この子がたまたまここにいたから」という意味のフランス語が布に刺繍されており、その布をめくると女性が子供に授乳している姿の写真が現れる。写真を見る前にテキストからの先入観が入ることでイメージには写っていないカルの視点や心境が垣間見えてきそうだ。しかし、まずイメージをよく観てキャプションは読まないこと、と昔からしつけられた身としてはいささか調子が狂ってしまう。

2019年は南仏マルセイユの5つの美術館でも個展が開催中のソフィ・カル。東京でカル巡りを楽しんだら、フランスにも観に行きたくなりそう。

原美術館「『ソフィ カル―限局性激痛』原美術館コレクションより」展
会期:開催中~2019年3月28日(木) 
東京都品川区北品川4-7-25
休)月 ただし2月11日(月)は開館、翌日休館

ペロタン東京『My Mother, My Cat, My Father, in That Order(私の母、私の猫、私の父、この順に)』
会期:2019年2月2日 (土)~ 3月10日(日)
東京都港区六本木6丁目6-9
休)日、月、祝祭日

ギャラリー小柳『ソフィ・カル なぜなら』
会期:2019年2月2日(土)~3月5日(火)
東京都中央区銀座1-7-5 小柳ビル9F
休)日、月、祝祭日

realisation:KANAE HASEGAWA

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