フィガロが選ぶ、今月の5冊 女性なら身に覚えのある黒い気持ちを、解き放つ短編集。

Culture 2019.05.18

この黒い感情、身に覚えがあるかも。

『くらやみガールズトーク』

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朱野帰子著 KADOKAWA刊 ¥1,512

なんだろう、このもやっとした気持ちは。朱野帰子の短編集『くらやみガールズトーク』では女性ならきっと身に覚えのある違和感をホラー仕立てで描いていく。たとえば結婚。夫の姓になることに抵抗があったわけではないし、夫婦別姓を主張したいわけでもないけれど、通帳の名義を変え、旧姓を消すたびに、それまでの自分まで否定された気がするのはなぜだろう。勝手に占われ「家庭的で子育てに向いている」と褒められてもうれしくない。「早く子どもをつくってほしい」とせがまれても困る。「ささいなことは気にしないで、目の前の幸せを楽しめばいい」と言われても、何が幸せかを決めるのは誰でもない、私ではないのか。

就職、結婚、出産……女性の人生は何度もステージが変わる。これまでジェンダーのことなど気にしたことがなかったという人でも、性別による格差を痛感させられるのはそんな時だ。自分の世代は親の世代とは違うと思ってきたのに、旧態依然とした現実に直面。言っても伝わらなかったり、気まずくなったりで、口には出せない想いを抱えてしまう女性は少なくないのではないか。尽くしてもプロポーズしてくれない恋人の本性を知った時、噴き出してくる黒い感情。理想的な母親が認知症で壊れ始める。私たちはどこまで自分を押し殺さなければならないのだろう。闇に葬られようと、悲鳴を上げているこの感情こそが本当の自分なのかもしれない。「ささいなこと」と受け流しきれない黒い気持ちをひとつひとつ解き放っていくから、ホラー仕立てなのに、いっそ痛快な読後感が残る。

4月からは吉高由里子主演で『わたし、定時で帰ります。』がドラマ化。働き方改革と言われても「定時で帰ります」なんて言いたくても言えない。著者はそんな過渡期を生きる女性たちにエールを送る。

文/瀧 晴巳 ライター

書評 、インタビューを中心に執筆。小川洋子、平松洋子の対話集『洋子さんの本棚』(集英社刊)、吉本ばなな著『「違うこと」をしないこと』(KADOKAWA刊)、ヤマザキマリ著『仕事にしばられない生き方』(小学館刊)など、構成を多数担当。

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*「フィガロジャポン」2019年5月号より抜粋

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