クリスチャン・ボルタンスキーの風を感じるアート。

Culture 2019.08.27

ルイ・ヴィトン表参道ビルの7階にあるエスパス ルイ・ヴィトン東京に足を踏み入れると、枯れ草の香りが漂ってくる。枯れ草が広がる床にはスクリーンが2枚立っていて、映像が流れる。フランスの現代アーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーの個展は、映像、音、香りと五感で鑑賞するアートだ。

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『アニミタス(ささやきの森)』、日本、2016年。この作品がある瀬戸内海の豊島の森を訪れる、その道行きも作品の一部だ。
展示風景、エスパス ルイ・ヴィトン東京、2019年。フルHDビデオ、カラー、音声 12時間52分21秒。
Courtesy of the Fondation Louis Vuitton Photo: Jérémie Souteyrat/Louis Vuitton © Adagp, Paris 2019

映像作品は『アニミタス(ささやきの森)』と『アニミタス(死せる母たち)』のふたつ。アニミタスとは南米チリで、交通事故などの犠牲者のために道端に造られた小さな祠を指す。ボルタンスキーの「アニミタス」シリーズの第1作はチリのアタカマ砂漠に細い棒を立て、300個の風鈴を吊すというものだった。今回展示されている『ささやきの森』は瀬戸内海の豊島に、『死せる母たち』はイスラエルの死海のほとりに風鈴を立てたもの。映像はそれぞれの場所で日の出から日没までを撮っている。

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『アニミタス(死せる母たち)』、死海、イスラエル、2017年。イスラエルの死海のほとりにある。フランス語で「死海」と「死せる母たち」の発音が同じことからこのタイトルがついた。
展示風景、エスパス ルイ・ヴィトン東京、2019年。フルHDビデオ、カラー、音声 10時間33分。
Courtesy of the Fondation Louis Vuitton Photo: Jérémie Souteyrat/Louis Vuitton © Adagp, Paris 2019

「風でなびく風鈴は日本独自のもの。亡霊たちは、姿は見えないけれど風のように私たちのまわりを取り囲んでいます。風も見ることはできませんが、ときに家を倒すほどの力を持つ」(ボルタンスキー)

豊島の『ささやきの森』では鑑賞者が大切に思う人の名前を書いて、風鈴に吊すことができる。そこが「巡礼の地になるといい」とボルタンスキーは言う。鑑賞者が書いた大切な人の名前を見てその人のことを想うために、何度も訪れるような場所だ。ここでは短冊に名前を書いた人の数に応じて風鈴の数も増えていく。ほかの「アニミタス」では風雨にさらされて作品は破壊されているだろう、と彼は語る。作品が壊れてしまっても記憶や想いが残ればいい、と彼は考えているのだ。

「伝承には実際のオブジェ(もの)を通じて行われるものと、知識を伝えるものの2種類があると思います。20年ごとに建て替えられる伊勢神宮は、オブジェとしては違うものかもしれませんが、知識や智恵を伝承している。私は神話を作りたいと考えています。オブジェより、神話のほうが力があると思うのです」

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彼は、「アニミタス」の作者の名前、つまり自分の名前が忘れ去られてしまってもいいとさえ言う。

「すべての芸術は最も個人的なものから生まれて、普遍的なものへと広がっていくのだと思います。私たちは自分の経験しか語ることができない。でもほかの人がそれを見た時に、あ、これは自分のことだ、と思う。アーティストは顔のない人間です。作品を見た時に、鏡のように鑑賞者が自らの顔を見ることができる」

風鈴の音はかすかな、控えめなものだ。銅鑼(どら)のように大音量で人々の注意を惹くといったものではない。

「『アニミタス(ささやきの森)』はとても幸せで平穏な作品です。そういった平穏さ、静けさは、日本の建築や庭園が教えてくれたと思っています」

ボルタンスキーはよく、アートを鑑賞する体験を教会にたとえる。

「特に南仏の教会では、日差しの強い外から薄暗い内部に入ると一瞬、何があるのかよく見えなくなることがあります。でもそこでじっと座っていると次第に目が慣れて、少しずつ視界が開けてくる。音楽が聞こえてきたり、香りが漂ってきたりする。それが何を表しているのか理解できなくても、そこには何かがあるということはわかります。そこでひとときを過ごした後、また教会を出て日常に戻っていく。私のアートもそのようなものであれば、と願っています。理解してもらいたいとは思いませんが、感じてもらえればうれしい」

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『アニミタス(死せる母たち)』、死海、イスラエル、2017 年 / 『アニミタス(ささやきの森)』、日本、2016 年。「私の作品は匂い、音、寒暖も含む『トータルアート』なのです」とボルタンスキーは言う。
展示風景、エスパス ルイ・ヴィトン東京、2019年。
Courtesy of the Fondation Louis Vuitton Photo: Jérémie Souteyrat/Louis Vuitton © Adagp, Paris 2019

美術館の中や、人里離れた砂漠や森の中で見るのとはまた違う環境で彼の作品を“感じる”ことができる。会場内に設置されたモニターではボルタンスキーと映画監督のハインツ・ペーター・シュヴェルフェルとのトークショーの様子も。彼の思考のプロセスがわかって、作品がより深く味わえる。

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関連作品の『アニミタス(白)』、オレルアン島、カナダ、2017 年。カナダ、ケベックのオルレアン島に設置された。9月2日まで国立新美術館で開催中の『クリスチャン・ボルタンスキー — Lifetime』展で展示されている。
フルHDビデオ、カラー、音声 10時間30秒。
Courtesy Marian Goodman Gallery and Fondation Louis Vuitton © Adagp, Paris 2019

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関連作品の『アニミタス』、タラブレ、サン·ペドロ·デ·アタカマ、チリ、2014年。チリのアタカマ砂漠に設置された風鈴。ボルタンスキーが生まれた日の星座の配置に従って並べられている。
フルHDビデオ、カラー、音声 13時間6秒。
Courtesy Marian Goodman Gallery and Fondation Louis Vuitton © Adagp, Paris 2019 Photo:Francisco Rios

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クリスチャン・ボルタンスキー
1944年パリ生まれ。個展、グループ展のほか、2011年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展のフランス館代表などに選出されている。新潟県十日町市『最後の教室』、瀬戸内海の豊島『心臓音のアーカイブ』など、日本での恒久設置作品も。2016年には東京都庭園美術館で個展を開催。今年11月にはパリのポンピドゥー・センターで個展を開催する。
エスパス ルイ・ヴィトン東京にて、2019年。
Photo:Jérémie Souteyrat/Louis Vuitton

『CHRISTIAN BOLTANSKI - ANIMITAS II』
会期:開催中~11月17日(日) 
開館時間:12時〜20時 ※休館日は施設に準ずる
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京(東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル7F)
問) 0120-00-1854(フリーダイヤル)
入場無料
www.espacelouisvuittontokyo.com/ja

texte:Naoko Aono

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