ブルーノート・レコード入門。#02 名物社長が語る、ブルーノートの未来と音楽のパワー。

Culture 2019.08.31

ドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』の日本公開に先駆けて来日したドン・ウォズは、2012年にブルーノート・レコードの社長に就任。今後のブルーノートの行方はもちろんのこと、ジャズや音楽シーンのカギを握る重要人物とも言われている。かつてはウォズ(ノット・ウォズ)のメンバーとして活躍し、その後はベース奏者をしながら、名プロデューサーとして数多の作品を手がけてきた。代表作の一例が、ザ・ローリング・ストーンズの数々のアルバムだ。

ミュージシャン目線からもプロデューサー目線からも音楽に対する理解の深いウォズは、大御所からも若手からも慕われている。帽子がトレードマークで、最近では『アリー/スター誕生』(2018年)のコンサート場面で、演奏している彼の姿を見つけることができる。この社長の職は「大好きなブルーノートだからこそ引き受けた」と言う。

DonWas_by_GabiPorter.jpgドン・ウォズは1952年生まれの66歳。2012年からブルーノート・レコードの社長を務める。photo:GABI PORTER

―― ウォズ(ノット・ウォズ)の頃から、ミュージックビデオなどからとてもユーモアのある人だというのが感じられました。音楽的にも、レナード・コーエンやハービー・ハンコック、オジー・オズボーンらと共演するなど、ボーダーレスなスタイルを感じました。

そうだね、僕が育った街デトロイトを反映しているんだと思うよ。僕が若い頃は特に、世界中から工場に働きに来る人がいたからね。そしてみんなそれぞれの文化を街に持ち込んだんだ。デトロイトは、あるものを何でも入れて煮込んじゃうニューオーリンズのジャンバラヤという料理みたいな街だから、僕らが作る音楽にはいつもそれが反映されているんだと思う。だから、イギー・ポップとレナード・コーエンを同じ曲に入れるのに何の不思議もなかったよ。

――ジャズにも早くから親しんだのですね?

そうだね。1960年代のデトロイトは当時のティーンからしても、ジャズが素晴らしかったからね。世界のどこよりもデトロイトはブルーノートの音楽家を輩出しているんだ。いいジャズの街で、いいソウルミュージックの街だったよ。モータウンも地元だし、1960年代ロックンロールだとMC5、ストゥージズ、ブルースだとジョン・リー・フッカーもデトロイト拠点だし。

――初めてブルーノートの音楽を聴いたのもその頃ですか?

14 歳の頃だった。ジョー・ヘンダーソンの「モード・フォー・ジョー」のソロがどこから生まれるのか、音階さえもわからなかった。怒れる獣の叫びのようで、「何だ、この音楽は?」って思ったよ。

――ジャズといえば1920年代にニューヨークで起きた「ハーレム・ルネサンス」というムーブメント(アフリカ系アメリカ人の文学や音楽といった文化・芸術の躍動期)の頃に脚光を浴びましたが、今日のブルーノートに至るまで、そのジャズの特徴というと何だと思いますか?

僕は音楽史にそんなに明るいわけじゃないんだけど、80年間のブルーノート・レーベルの音楽を、僕は個々の音楽の集まりだと思っている。ただ共通しているのは、いい音楽家はみんな自分の前の音楽をよく学んでマスターしているということ。そこから前進する方法を見つけているんだ。セロニアス・モンクやアート・ブレイキー、ハービー・ハンコック、オーネット・コールマンもそうだし、ロバート・グラスパーだってそうしている。完全に独自のものを生み出したっていう人なんて聞いたことはない。ジャズというのはいつだって変化していて、二度と同じものになるべきではないから、いつだって進化しているんだ。

――ジャズは昨日と今日とで同じものであってはいけない、というのは、まるで細胞のようですね。

そう、そのとおり。

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写真左から、現在86歳の巨匠ウェイン・ショーター、『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』監督のソフィー・フーバー、ドン・ウォズ。©MIRA FILM

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――ご自身も出演している『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』では、テイク25まで録っている場面がありました。映画の中でミュージシャンたちが「ジャズは語りかけてくる」といった表現をしていますが、「これがいけるぞ」というのはどのようにして決めるのですか?

自分の身体が教えてくれるよ。感じるんだ。スローな曲は動かされにくいかもしれないけど、これだっていうのはわかるんだ。ただ、わかるようになるまでは時間がかかるよ。僕の経験だと、それはみんなが「すごくいい」っていうテイクのひとつ前なんだ。

――そうなんですね。

音楽家は語り部だ。誰かが話していたら、その声がサックスによるものでもそれは物語だ。本物の聴き手は、この音楽が本物だってわかるんだよね。まるで自分が運転している車の助手席にシンガーが座っていて、直接耳に歌ってくれるかのようにあるべきなんだ。だから技術とかスタイルとかを忘れた頃に演奏したテイクがいいんだ。

――歌の入った演奏と歌のないインストゥルメンタルとで、感じ方の違いはありますか。

すべては物語だ。言葉がそれを伝えやすくするとは限らなくて、感情を伝える時に言葉がない方が印象的なこともあるよね。歌詞を付けるのが悪いって言っているのではなくて、“詩的である”ということが重要さ。歌詞があってもなくても、誰にでも自分の人生や感情を映し込むことができる余裕を、歌に持たせることが大事だよ。いい歌は聴いている人も一緒に曲を書いているような気分になれるんだ。

――最近、プロデューサーとして個人的にすごいと思った若手はいますか?

僕の息子はいま21歳でベースを弾いているんだけど、息子から教えてもらったジョエル・ロスは衝撃的だね。ヴィブラフォン奏者なんだけど、まだ23歳なのに彼らしいオリジナリティを表現できている。ちゃんと勉強していて、自分の前にあった音楽をマスターしているうえで、誰とも違う音を作っているよ(その場で、演奏している動画を見せてくれる)。

ジョエル・M.ロス カルテットとして、2015年にシアトルで開催された「The Earshot Jazz Festival」に出演した時の演奏。

――ヴィブラフォンでの発想がすごいですね。私は最近だとキャンディス・スプリングスを取材しましたが、ブルーノートとしては女性ミュージシャンの未来はどう考えていますか。もっと増えてもいいと思っていて。

君の言うとおりだよ。どんな人でも増えてもいいし、増えてもおかしくないし、増えるべきだね。バークリー音楽大学ではテリ・リン・キャリントンによる女性のためのジャズ・プログラムがある。ブルーノートでもいま、状況が改善する兆しになりそうな契約をいくつか結べそうだけど、それは表層を引っ掻いたくらいの変化にしかならない。基本的にはジャズは男性のものだという、聴く側の間違った意識を変える必要がある。だから、女性による素晴らしい音楽に観客をもっと触れさせないと、とは思っている。時間はかかるけど、いま取り組んでいるところだ。

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――ホセ・ジェイムズが「政治と一緒で、もしグラミー賞に変化を起こしたければ、白人以外のミュージシャンや若いソングライターやプロデューサーたちが、自らアカデミー(NARAS)の会員になって変えていくしかない」と話していて、ウォズさんがブルーノートの社長になったから「音楽シーンも少しは好転するのではないかと期待する」と話していました。

まず、人の意識を変えるには音楽を聴いてもらわないといけないよね。ザ・シュプリームスとか、ザ・ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』のように、発売された時は酷い評価を受けたけど、いまではクラシックとして評価されている素晴らしいレコードをいくつか挙げられる。時間が経てば受け入れられるようになるから、ひと晩で変化するように強制することはできないけど、時間をかけて変化を促すことはできるんだ。昔とはいえ、僕がすでに生まれている時代に市民権すらなかった黒人が大統領になった。これは本当にすごいこと。だから時間をかけて受け入れてもらうために、新しいものをサポートすることがいまの自分たちにできることかな。物事はよくなるものだよ。

――ウォズさんにとって、音楽は現実と何を繋ぐものだと考えますか?

僕はいま66歳だけど、音楽の奏で方をわかり始めたところだと思う。今年はグレイトフル・デッドのボブ・ウェアとバンドを組んで、トリオで50公演くらい回っている。曲はあるけど、毎回即興で違う風に演奏している。僕が心がけているのは、演奏していると恐れとか自我とかを忘れて、何も考えていない時があるんだ。そこで演奏家同士が繋がり、観客も繋がり、すべてがひとつの大きなものになる。それが起こると世界でいちばんすごいものになるんだ。だから音楽は現実を繋げるというか、現実を最大限に拡張しているものだと思っている。

――素晴らしいですね。「ジャズは戦いだ」といった発言が映画の中でありましたが、いまのジャズとは時代とどう向き合うべきだと考えますか?

音楽は時代を反映している。僕は1970年代に大学に通ったときは反戦運動で石を投げていた記憶があるよ。だから政治と音楽は同じものだった時代に生きていた。政治と音楽は切り離せるものではなかった。

――日本でもそうだったと思います。

いまは若い世代が道でトランプに抗議していないことに驚くよ。70年代だったら毎日、大勢の人がホワイトハウスの前に行って抗議した。当時は子どももみんな「ヘイ、ヘイ、LBJ(リンドン・ベインズ・ジョンソン大統領)、今日は何人(ベトナムで)殺したんだ」って叫んで辞めさせたもんだよ。それがいま起きてないのは信じられないね。そういう時代なんだろうね。最悪なのは、音楽が政治家のファッションとして利用されることだからね。

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写真左から、マーカス・ストリックランド、ケンドリック・スコット、アンブローズ・アキンムシーレ。©MIRA FILM

――とは言っても、ケンドリック・ラマーのように強く政治的主張をしているアーティストもいます。

それならアンブローズ・アキンムシーレも薦めたいね。ただ、(主張するからには)自分らしい音楽にしないといけないよね。若い世代はインスタとか見て問題を無視しているけど、(問題が)重すぎるからかな。やることが多すぎるのかも。アメリカではトランプに占拠されていて、いまテレビをつける度に映っているし、みんなを狂わせているよ。逃れられないんだ。だから僕はいま日本に来てホッとしたよ。それを考えると、ときにはただそこから離れるっていうことも必要なのかもしれないね。それが若い世代のやっていることなのかもしれない。

――もちろん、公民権運動などを生き抜いてきたジャズの姿を『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』から知ることもできます。多くのアーティストの言葉から学ぶことも多かったです。

ブルーノートの音楽は時代を強く反映し、アーティストたちは闘うようにして牽引してきたからね。これからも時代を牽引していく新しい音楽を発表していきたいと思っているよ。

『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』

監督/ソフィー・フーバー
出演/ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ルー・ドナルドソン、ノラ・ジョーンズ、ロバート・グラスパー、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット、ドン・ウォズほか
2018年 スイス・アメリカ・イギリス映画 85分
配給/EASTWORLD ENTERTAINMENT
協力/スターキャット
9月6日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
www.universal-music.co.jp/cinema/bluenote

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texte:NATSUMI ITOH

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