川上未映子が放つ、女として生きていく力をくれる物語。

Culture 2019.10.06

産むこと、生まれること。川上未映子の集大成。

『夏物語』

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川上未映子著 文藝春秋刊 ¥1,944

川上未映子の『夏物語』を読みながら、ソール・ライターの写真集『WOMEN』を思い出していた。モノクロで撮られた写真には、女たちのプライベートな裸が映し出されている。女の身体というのは、ひっそりとそこにあるだけで、それぞれの物語を内包しているものだということがわかる。11年前に芥川賞を受賞した『乳と卵』には、グラビアの女たちは男を挑発するいやらしい身体をしているけれど、銭湯で目の当たりにする女たちの身体は、もっとさまざまであるという描写があった。思えば、当時から川上未映子という作家は、女たちの身体を「求められる役割」からもっとリアルに息をしている存在へと解き放とうとしていたのではないか。

『夏物語』には『乳と卵』の登場人物たちが再び登場する。主人公の夏子は38歳になり、自分の子どもに「会いたい」と願う。しかし彼女はセックスができない。苦痛なのだ。作家になったが、生活は相変わらず苦しい。突破口が見えない中、精子提供による出産を考える夏子はさまざまな女たちと出会う。シングルマザーの女、もうすぐ50歳になるが独身の女、子育て中の女。正解を探すのではなく、それぞれの生きづらさに寄り添い、裸にしていく。精子提供で生まれ性的虐待を受けてきた善百合子は、夏子に立ちはだかるラスボス的な存在だ。「産むことは親の身勝手な賭けだ」という切実な問いに、夏子はどう答えを返すのか。かつて「生まれたくなかった」と嘆いた緑子は20歳になり、青春を謳歌している。緑子に向けた夏子の「楽しんでな」という言葉に胸を衝かれる。女の身体に刻まれた履歴書を幾つも見せられるようで、なまなましい痛みを潜り抜けていくことになるのだが、不思議な解放感がある。そこは荒野かもしれないが、思っているよりずっと広い。この私、この身体で生きていく、力をくれる物語だ。

文/瀧 晴巳 ライター

インタビュー、書評を中心に執筆。西原理恵子著『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(KADOKAWA刊)など、構成も多数手がける。今秋『どこじゃ! かぶきねこさがし』(講談社刊)の怪談編も刊行予定。

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*「フィガロジャポン」2019年10月号より抜粋

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