「人間関係もリゾットも」おしゃれなゲイの人生を変えるレシピ。
Culture 2019.10.30
ファブ5の料理担当、アントニ・ポロウスキ CHRISTOPHER SMITH/NETFLIX
ネットフリックスの大ヒット番組『クィア・アイ/外見も内面もステキに改造』は、おしゃれなゲイの5人組「ファブ5」が、トラブルを抱えた視聴者を、見た目も生活も大変身させるリアリティー番組。ファッショナブルなだけでなく人情味あふれる5人が、相談者に親身に寄り添う姿が支持されている。
しかも相談者は、銃弾を受けて車椅子生活になった元ギャングや、アメリカとメキシコという2つの文化の間で揺れ動くヒスパニックの女性、ホームレスとなった退役軍人の支援活動に励む男性など、アメリカ社会の「今」を象徴する庶民ばかり。
中には、「最初はゲイのアドバイスなんてやめてくれと思った」と語る相談者もいて(本人に内緒で家族が相談を持ち込むことも多い)、視聴者に大いに考えさせる内容が多い。
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それぞれの得意分野を生かして相談者の人生を変えるゲイの5人組 CHRISTOPHER SMITH/NETFLIX
アントニ・ポロウスキは、それぞれ違う得意分野を持つファブ5の中の料理担当。相談者の(多くはごちゃごちゃの)冷蔵庫の中身を整理し、簡単に作れるけれどちょっと気の利いた料理を教える。番組はたいてい家族や恋人を料理でもてなすシーンで終わるから、相談者らしい料理を教えることも重要だ。
そのシンプルだが独創的な料理のレシピを知りたいという声は、番組のスタート当初からシーズンを重ねるごとに高まっていた。そしてこの9月、ついにレシピ本『アントニ・イン・ザ・キッチン』が刊行された。
サラダなど野菜ベースのヘルシーなレシピもあれば、マカロニ&チーズなど濃厚なパスタ料理、さらには甘党ファンもうならせるデザートまで実にバラエティー豊かな内容になっている。ポロウスキのいとこが、子供のときのサマーキャンプで教えてくれたという甘酸っぱいレモンケーキのレシピもある。
そう、この本はただのレシピ本ではなく、ポロウスキの人生の物語が詰まっている。「20代のときは小説を書きたいと思っていた。」と、彼は言う。「この本はむしろ、自分でも思いもしない人生を歩むことになった私の回顧録だと思っている。」
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人間関係だってリゾットだって、上手に作れるようになるには時間がかかる。
その思いは、本の前書きにもにじみ出ている。ポロウスキは『クィア・アイ』がもたらした突然の名声への戸惑いと不安を驚くほど正直に告白している。
「私はファブ5の1人を名乗る資格があるほど『本物のゲイ』と言えるのかと自問した。」と、彼は書いている。
「確かに今は、心から愛する男性と一緒に暮らしているが、自分は同性愛者だと周囲にはっきり宣言したことはなかった。永遠にゲイでいるのか、それとも女性と恋に落ちて人生を共に歩むことにするのかも、はっきり分からなかった。」
こうした葛藤が、このレシピ本に人間くさい魅力を与えている。もちろんそのレシピが、番組を通じて大衆の支持を得ていることも大きい。実際『クィア・アイ』と同じように、この本はゲイだけでなく誰もが楽しめる1冊になっている。
とはいえ、最初は大変だったとポロウスキは認める。小説を書くことが夢だったと言うが、彼の中で料理と書くことは全く別のもの。「自分のレシピを書き留めたことはなかったし、計量カップなどの計測機器を使った料理法もしてこなかった。」と、彼は言う。
「ひとつまみとか、ひとすくいといった感覚で料理をしていた。だから本を書くことになってから、それが具体的にどのくらいの量かを調べるようになった。(共著者の)ミンディー(・フォックス)にレシピを書き取ってもらう作業は、最初はとても大変だったけど、すぐにスムーズにできるようになった。」
自分に自信を持てない人に、ポロウスキは次のように助言する。「小さく始めて、辛抱強く続けること。失敗も学びの一部だ。人間関係だってリゾットだって、上手に作れるようになるには時間がかかる。」
ポロウスキはそれぞれの料理が持つ「物語」を大切にしている。「誰もが食べ物には個人的な思い出や思い入れがある。たとえそれがシンプルな料理でも、凝った料理でもね。だから、それをずっと作り続けているんだ。そうした由来にこそ料理の面白さがあることを伝えたい。」
『クィア・アイ』は、18年2月から2年で4シーズンが放送されるというハイペース。現在はペンシルベニア州で第5シーズンの撮影中だ。この番組を通じて、世界一有名なゲイの1人となり、本も出版したポロウスキは次は何を目指すのか。
「この番組で仕事に対する考え方が一変した」と、彼は語る。「毎回、誰かを有意義な形で助けるプロジェクトをやっていると、それがほかの仕事でもスタンダートになる。『どうすればこれで、(1人ではなく)複数の人、社会、家族にポジティブな変化を与えられるだろう』と、考えるようになる。」
ただし、今後のことは特に決めていないと、ポロウスキは言う。「目の前にあることを一生懸命やって、その中から生まれるインスピレーションに従いたい。ただ、充電時間を自分に与えることも忘れないでおきたい。人生は短いからね。」
ニューズウィーク日本版より転載
文 : ケリー・ウィン