世界を虜にしたまま去った、中国の若き新人監督の遺作。

Culture 2019.11.08

張り詰めた不穏さに生じる、人と人との必然のつながり。

『象は静かに座っている』

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「成長」から取り残された中国の田舎町で塵芥にまみれ、行き場を失う老若4人の夜の果てへの旅。ベルリン国際映画祭で国際映画批評家連盟賞ほか受賞。

何度もため息をつきそうになった。上映時間(4時間弱)が長すぎる? そうではない。感嘆と羨望のため息だ。

4人の人物たちの苦悩に苛まれる心のなかに、いつしか巨大な影が場所を占める――満州里のサーカスで一日中静かに座っているという一頭の象。そのとき、どこか悲しげな男子高校生ブー、親友の自殺に責任を感じて苦しむチェン、妻子ある教師と交際する女子高校生リン、家族に邪魔者扱いされる老人ジンの間に生まれつつあるゆるやかなつながりが、解きほぐせない必然となる。

じじつ、彼らを追いかけ、追い越し、回り込み、接近したかと思えば遠ざかり、距離を置いて凝視もする一連のカメラの動きは、曇天の淡い光を映して揺れる一筋の流れ――それは心を静めてくれる清流でもなく暴力的な濁流でもない――となる。「ああ……」と、感嘆のため息を漏らすことを許してくれないほど、張り詰めた不穏な叙情が画面全体にみなぎっている。

それと知らずして何かを理解する無意識の理解があるとすれば、その逆に、知っていながら実は何も理解していないということもあるはずだ。だからこそカメラも、物語の創造者たるフー・ボー監督も、知っているはずなのにまだ知らない絶対的な何かが露わになる決定的な瞬間を捉えるために、人物たちから片時も目を離せないのだ。

一頭の象を求めてそれぞれの生を交錯させる人物たちの歩みに、29歳でみずから命を絶った天才監督の生を重ね合わせながら、もはや息をするのも忘れて画面を見つめる僕たちは、叶わぬこととはいえ、彼らの旅がいつまでも続くことを祈らずにはいられない。

文/小野正嗣 作家

2015年、『九年前の祈り』(講談社文庫)で芥川賞受賞。訳書にアミン・マアルーフ『世界の混乱』(ちくま学芸文庫)ほか。18年よりNHK Eテレ「日曜美術館」のキャスターを務める。
『象は静かに座っている』
監督・脚本/フー・ボー
出演/チャン・ユー、ポン・ユーチャンほか 
2018年、中国映画 234分
配給/ビターズ・エンド
11月2日より、シアター・イメージフォーラムほか全国にて公開
www.bitters.co.jp/elephant

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*「フィガロジャポン」2019年12月号より抜粋

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