可笑しさと哀しさに満ちた、中年男の冴えない傷心旅行。

Culture 2019.11.23

喜劇と悲劇が半分ずつ、さまよえる中年男の傷心旅行。

『レス』

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アンドリュー・ショーン・グリア著 上岡伸雄訳 早川書房刊 ¥2,860

作家アーサー・レスは、50歳の誕生日を目前に、9年間つきあった年若い恋人と別れたばかりのゲイ男性。この元恋人フレディの結婚式に出たくない、招待状の欠席事由に「国外におりますので」と書きたい一心で、無茶苦茶な逃亡計画を立てる。ニューヨークシティ、メキシコシティ、トリノ、ベルリン、モロッコ、インド、京都。

優雅に聞こえる世界一周だが、実態はなんとも冴えないものだ。語りの三人称に用いられる主人公の姓「レス」は「より少ない」の意味を持ち、行く先々でのしょんぼりする出来事に反復のおかしみを添える。まったく売れていないわけではない、イタリアでは小説が賞を獲った。まったくモテないわけでもない、バイエルン人の新恋人を作った。しかし、レスは、少し足りない。

ひと回り年下のフレディと出会う以前は、25歳年上のロバートと長く暮らしていた。「君は完成品が好きなんだ」と評されたレスは、22歳からの青春をこの大御所天才詩人に捧げた。しかしいまや自分が立派な中年となり、ビートルズの名前も知らない青年にフラれたのだ。今後の人生、行きずりの出会いを得ても再会は期待できない。長年連れ添った友人カップルは離婚する。新作小説だって書き上がらない。旅の空で迎えた誕生日、レスは異国の言葉で呻く。「としとるのが怖いです、一人きりになるのも」。

作者にとって5作目の長編にして2018年のピュリッツァー賞受賞作。憂さ晴らしに出かけた先でどこにもなじめない自分に気づく、あの心許なさを巧みに描いており、おもしろおかしく、やがて哀しい。不遇に腹を抱えて笑い、幸福に泣けてしまうのは何故だろう? 悲劇と喜劇が半分ずつの人生に思いを馳せつつ、一気に読めてしまう小説だ。

文/岡田 育 文筆家

1980年生まれ。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。2015年よりニューヨーク在住。近著に『天国飯と地獄耳』(キノブックス刊)、『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版刊)など。

*「フィガロジャポン」2019年12月号より抜粋

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