みんな大好きな児童文学作家が、作家になる前の物語。

Culture 2019.12.04

ある女性が作家になる前の、恋して自立する等身大の姿。

『リンドグレーン』

1912xx-cinema-01.jpg

リンドグレーン役を『ペレ』の名匠ビレ・アウグストの娘アルバが好演。敬虔な環境下、やむなく里子に出した我が子と再会する彼女のわななきの清冽さ!

不思議な映画である。『長くつ下のピッピ』『ちいさいロッタちゃん』『やかまし村の子どもたち』など、世界中の人々が知っている本を書いた超有名な作家の伝記映画なのに、ストーリーは彼女が本を書く前に終わってしまう。

そればかりか、この映画の主人公は作家になろうともしていないし、何かを書き始めてさえいない。別に作家が主人公でなくてもいい話なのである。

彼女は、10代から20代にかけての人生を精いっぱいに生きる若い女性だ。スウェーデンの保守的で息苦しい田舎の日常にうんざりし、地方新聞社で働き始めるが、そこで既婚者の上司と恋に落ち、妊娠して10代で母になる。シングルマザー、ジェンダーロール、女性の経済的自立、ワークライフ・バランス、ワンオペ育児。いまから100年近く前の話なのに、ここで扱われているイシューのなんと現代的なことか。そしてそれに苦しみ、傷つきながら成長していく主人公の姿は、現代社会で様々な矛盾や不平等と闘いながら生きている若い女性たちと少しも変わらない。ここに描かれているのは、ある女性が作家になる前の等身大の人間の姿なのである。

だが、アストリッド・リンドグレーンの文学について知りたい人は、きっとどんな文芸評論家が書いた論文を読むより本作を見るほうが役に立つと思う。

物書きは、こんなことはできれば人には知られたくないので、絶対に言わない。だが、物書きならみんな知っていることがある。

作家の作品のすべては、彼女や彼が書き始める前の人生の中にあるのだ。

文/ブレイディみかこ コラムニスト/保育士

渡英を重ね、ブライトンに在住。2017年、『子どもたちの階級闘争』(みすず書房刊)で新潮ドキュメント賞を受賞。新著に『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社刊)。
『リンドグレーン』
監督・共同脚本/ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
出演/アルバ・アウグスト、マリア・ボネヴィーほか
2018年、スウェーデン・デンマーク映画 123分
配給/ミモザフィルムズ
12月7日より、岩波ホールほか全国にて公開
http://lindgren-movie.com

【関連記事】
美しい映像と膨大な台詞で紡がれる、父と息子の物語。『読まれなかった小説』
個性的すぎるキャラクターが集結! 映画『MANRIKI』特集の舞台裏。

*「フィガロジャポン」2020年1月号より抜粋

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories