カルチャーベスト2019 MOVIES #03 今年、映画通たちが恐怖におののいた3作品は?

Culture 2019.12.24

年末年始は心も身体もゆっくり休めながら、新しい年を迎えるためにエネルギーを蓄える時期。自宅で過ごす人も、帰省する人も、家族やパートナー、友人とヴァカンスに出かける人も、いつもより時間をかけて映画や音楽、本にじっくり浸ってみては? それぞれのジャンルのプロが、2019年に最も心に響いた名作を厳選。映画通3人が、今年いちばん恐怖におののいた作品を教えます。

老いて、世の中でたったひとりになる恐怖と絶望。

『ともしび』

選・文:金原由佳(映画ジャーナリスト)

若い時にはわからなかったけれど、何十年も生きると、積み重ねた月日の大きさが自分のアイデンティティに深く根差していると気付き、ギョッとすることがある。人は時間をかけてしまったものを手放すのに勇気がいるのだ。この映画の主人公アンナは安穏とした夫婦生活を過ごすはずが、夫の突然の逮捕という思わぬ事態と直面する。

191213_tomosibi_main.jpg

第74回ヴェネツィア国際映画祭主演女優賞を受賞した、ヨーロッパ映画のみならずハリウッドでも活躍するシャーロット・ランプリングがアンナを演じる。

急に冷淡になった息子とその家族。厳しい告発をする夫のかつての知り合い。誤解だと言い訳をする刑務所の中の夫。やがて知る彼の長年の秘密をどう受け止めるのか。イタリアの新鋭アンドレア・パラオロは自ら脚本を手がけ、まるで九相図を描き切る作家の冷徹な視点で、アンナの日常を定点観測する。これまでと同じ日々を過ごそうとしても、心の切り傷からばっくりと赤い感情が表出し、怒りや屈辱、ありとあらゆる感情がアンナ役、シャーロット・ランプリングから繰り出され、目が離せない。老いて、世の中でたったひとりになってしまう恐怖と絶望。だが、ラストは下衆な私たちの視線を振り払うように、彼女は屹然と歩く。それが痺れるほどカッコいい。

191213_tomobisi_sub1.jpg

一見平穏に暮らしてきたアンナと、その家族が背負った罪とは?

191213_c_tomosibi.jpg

『ともしび』

ベルギーの小さな地方都市で慎ましやかな暮らしを送っていたアンナ。長年連れ添った夫が突然逮捕され、やがて彼女の日常は狂い始める……。『まぼろし』(2000年)や『さざなみ』(15年)など、老境に差しかかった女性の心の陰影を見事に表現してきたシャーロット・ランプリングの最新作。

●監督・共同脚本/アンドレア・パラオロ
●出演/シャーロット・ランプリング、アンドレ・ウィルム、ステファニー・ヴァン・ヴィーヴほか
●2017年、フランス・イタリア・ベルギー映画
●本編93分
●DVD¥4,180
発売:彩プロ
販売:TCエンタテインメント
2017 © Partner Media Investment - Left Field Ventures - Good Fortune Films

---fadeinpager---

危機的ニッポンのタブーに切り込んだ意欲作。

『新聞記者』

選・文:久保玲子(映画ジャーナリスト)

お笑い芸人は反社会勢力と同席したために謹慎を強いられるいっぽうで、桜を見る会で反社を接待する現政権は言い訳逃れ。国民の健康も福祉も将来も目先の経済優先のために切り捨てられる危機的ニッポンを題材に、話題作を放ち続ける河村光庸プロデューサーと若き気鋭、藤井道人監督がタッグを組んだ意欲作。しかも勧善懲悪と片付けられない官民のせめぎ合いを観客目線で巧みにドラマ化し、震えがくるようなダークファンタジー的様相に、それぞれの立場で苦悩する人間の姿を浮かび上がらせてみせた。

191224_culture2019_journalist_01.jpg

韓国映画界のみならず日本でも活躍の場を広げる女優のシム・ウンギョン(左)と、松坂桃李(右)がダブル主演。

タブーに挑戦した勇気あるシム・ウンギョン、松坂桃李ら出演者の入魂の演技にも刮目。まさに2019年の日本映画界に風穴を開けた一作であり、藤井監督の「30過ぎまで、政治を語らないことがカッコいいと思い込んでいた恐怖におののいた」という言葉が我が身に突き刺さった。

191224_culture2019_journalist_02.jpg

ひとりの新聞記者の姿を通して、報道メディアは権力にどう対峙するのかを問いかける。

191216_BDjaketH1.jpg

新聞記者

原案は東京新聞社会部の記者・望月衣塑子の著書『新聞記者』。東都新聞記者・吉岡のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名ファックスで届き、彼女は真相を究明すべく調査をはじめる。内閣情報調査室官僚・杉原は、現政権に不都合なニュースをコントロールすることを任務として課されて葛藤する。ふたりの人生が交差し、衝撃の事実が明らかになっていく。

●監督・共同脚本/藤井道人
●出演/シム・ウンギョン、松坂桃李ほか
●2019年、日本映画
●本編113分
●DVD¥4,180、Blu-ray¥5,170
発売:株式会社KADOKAWA
© 2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

---fadeinpager---

幽霊やクリーチャーよりもずっとコワイもの。

『アス』

選・文:立田敦子(映画ジャーナリスト)

低予算ホラー『ゲット・アウト』で鮮烈なデビューを飾ったジョーダン・ピールの第2作目。夏休みを過ごすために、夫とふたりの子どもとともに海辺の家を訪れたアデレード。子どもの頃のトラウマを告白した直後に、家の前に赤い服を着た自分たちにそっくりの4人組が現れ、一家を襲い始める。

191213_main-s.jpg

アデレードたち家族の前に、彼らとそっくりな4人組が現れる。

自分たちとそっくりの誰かが現れるというドッペンゲルガー現象は、古典的なゴシック小説のモチーフだが、本作の“そっくりな私たち”は、それ以上に恐ろしい存在だ。誰が生き残るのか? ホラーファンを狂喜乱舞させるサバイバルホラーのスタイルを枠組みとして使っているが、それだけに収まらない。前作では人種問題を真っ向から取り上げたが、今回は、人種差別にとどまらず、格差社会や倫理的問題などを巧妙に盛り込み、さらに背筋を凍らせるストーリーへと転化していく。幽霊やクリーチャーより、何より恐ろしいのは人間そのものであるという、本当にコワイお話。

191213_sub1.jpg

『それでも夜は明ける』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したルピタ・ニョンゴ(左)がアデレードを演じる。

『アス』
アデレードは夫とふたりの子どもと夏休みを過ごすため、幼少期に住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れる。とある偶然から、過去のトラウマがフラッシュバックし、その夜、家の前に自分たちとそっくりな4人が現れる……。アメリカで2019年公開の映画で1位を記録したサプライズスリラー。いま注目を集める女優ルピタ・ニョンゴがアデレードを熱演。
●監督・脚本・共同製作/ジョーダン・ピール
●出演/ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカーほか
●2019年、アメリカ映画
●116分
●配給/東宝東和
全国公開中
©Universal Pictures
https://usmovie.jp


191224_culture2019_us_jk_new.jpg


●Blu-ray+DVD¥4,389、4K Ultra HD+Blu-ray¥6,589(2020年2月21日発売)
発売・販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント
© 2019 Universal Studios and Perfect Universe Investment, Inc. All Rights Reserved.

【関連記事】
#01 映画通が選ぶ、今年いちばん幸せに包み込まれた3本。
#02 たまらなく切なくなる、2019年の映画ベスト3。

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories